名前がつくという事

すべてに名前がついている…と思いがちだけれど、名前がついていない事はいくらでもある。逆に名前がついているにもかかわらず、その名前が浸透していないという事もたくさんある。

 

その「名前」が世の中に浸透し始めると、みながその「名前」でそれを認識しだす。まさに「ラベル」とか「レッテル」が貼られた状態。しかしそれをもって皆が、そのモノや行動を認識し始める。

 

最近においては「インスタ映え」だろう。誰もかれも…と言うわけではなさそうだけれど、ちょっと構図を決めたり、ライティングを気にして写真を撮ることを称してこう呼ばれることが多い。

これ、たぶん実際には上記の通り「構図を気にして、ライティングを気にして、写真を撮る事」以上の何物でもないだろう。

そしてそれは、昔々の銀塩時代から言われていた、良い写真を撮るにはどうすればいいのか?の答えと一致しないだろうか?

 

そう、たまたまデジタルカメラがこれだけ普及し、誰もが日々写真を簡単に取れるようになり、そしてそれにより、皆が、ちょっとでも見栄えの良い写真を、かっこいい写真を撮りたいと思った。その行動に名前がついた。それだけの事。

名前が付けば、みんなが同じ行動ができている事を捉えることもできる。名前が付いていなければ、捉え方もバラバラになる。だから、「適切な名前をつける事」すなわち、ネーミングって大切だよね、ってことになるんだよね。

「それ」を武器にするという事

それは技術かもしれない。

それは若さかもしれない。

それは強さかもしれない。

それは頭のよさかもしれない。

それは喋りの旨さかもしれない。

それは足の速さかもしれない。

それは口のうまさかもしれない。

それは見た目の美しさかもしれない。

 

…で、「それ」で永遠に勝負できますか?

たぶん「それ」が一つだと、結構早く陳腐化する。それだけで生き延び続けるのはかなり苦しい。

だからこそ、社会ではこういう人がいる。特技は3つくらいある方が安定するぞ、と。いや、世界でナンバーワンの特技が3つではなく、その筋でトップ数%に入れるような特技でよいだろう。それを3つ。

 

よくありがちなところでは、「スマホで困ったら、この人に聞こうか」と言う人、あなたの周りにいませんか?こういう「特技」でまずはスタート。これ、たぶんそんな特殊な特技じゃないけれど、トップ数%、すなわち、20人か30人くらいの中では一番知っているという状況、できるでしょ?

そんな知識を3つ。

すると、たとえばトップ10%に位置する知識を3つだとすると、その3つを持ち合わせていることによるポジションは、トップ0.1%のポジションに。すなわち1000人に一人のポジションに位置することに。

 

一つの究極的トップならともかく、それはむつかしい。でも究極的トップでなくとも、トップ集団くらいならなれる。であるからこそ、それ一つじゃ弱い。2つ、3つを有効に絡ませること。

 

たとえば、英語ができるだけじゃ他にもたくさんいる。英語ができて、なおかつアニメに詳しくて、サッカーの知識があったなら?

スマホに詳しくて、会計の知識があって、地方のビジネス事情をよく分かっていたら?…などと考えると、結構いろいろ考えられるはず。そう、究極的トップでなくてよいならば、いわゆる趣味的、オタク的知識でも「それ」になりえるということ。だから、得意項目を、趣味項目をうまくからませて、自分の武器を作り出すという事。
意識的にこれができるようになれば、あなたの未来も、少なくとも今より少しは光が差すのではないだろうか?

 

「すぐ」っていつかな

飲食店にて。注文を取ってもらおうと店員さんに目配せ。「はい、すぐにお伺いします!」と、気づいていることを示して、そそくさと雑務をこなして注文を取りに来る。その間30秒から1分。

 

仕事にて。この書類、超急ぎでお願いしたい。今すぐ、この後すぐに対処して!とおねがいされて「はい、すぐに対処します!」。その後15分から30分。モノによっては1時間ほどかけて書類を仕上げて再度提出し、完了。

 

家庭にて。子供がゴロゴロしながらゲームにいそしんでいる。母親は気が気でならない。「もう宿題終わった?早くしなさい!」「すぐにやるからぁ~」…と言ってもなかなかゲームが終わらずに15分30分とたって、やっと40分後にいやいや取り掛かったり。

 

街頭演説にて。候補者が傘を差しながらマイクを手に声を荒げる。「皆さんへのお約束、当選のあかつきにはすぐに実現させていただきます。」…っていろんな候補者が言っているけれど、それら当選された方においては、すべて実現されたんだろうか?すぐにできたんだろうか?ほら、最近話題なあの女史とかさ。

 

「すぐ」。すぐってどのくらい?1分後、10分後、1時間後、1か月後、1年後、3年後????あまりに適当過ぎない?だから約束事に「すぐに!」と含んでいるときは確認が必要だよね?「いつまでにやるの?」「いつからやるの?」だって、「すぐ」って全然時間のスパンが違うのだから。

その「すぐ」っていつまでのつもり?確認したほうがよくないか?仮に時期が明記されていなければ、仮に実施される見通しがなければ、それがその人の「すぐ」であり、場合によってはそれは避けるべき「すぐ」であり。

 

 

何が信用されるのか

日本と言う国では、まだまだ現金を使う人が多い気がしている。首都圏県内でのコンビニ支払いであっても、まだ感覚的には半分は現金支払いだろう。

 

だが、海外ではそろそろ変わり始めているらしい。それも、実は日本国民的には発展途上国と思っているような、インフラがそれほど整っていない…と思い込んでいる国ほど、電子マネーが重宝され始めている。

その理由の一つは、ケータイというインフラが整い始めている事。昔ならケーブルを引っ張るという一大事業をなしえなければ通信環境を整えられなかったかもしれないところが、ケータイ電話の発展、発達で、いきなり電子データ、当然電子マネー経済が活況化したという事。

もう一つは、現金の信頼性だ。特に偽札が横行するような社会では、「現金」こそ嫌われる。それよりも改ざんされにくいデジタル技術、電子マネーの方が、少なくとも今は信頼度が高いということ。

 

 

現金が信用されている裏付けは、一つは、国と言った裏付け、それにより偽る/偽札を作ると、公権力/警察権力が対処するということだろう。 

でも、そもそも「国」という裏付けが信用できない地域/時代にもなって来ているとしたら。たとえば「あの国」の通貨が信用できるか?という状態なら。こうなってくると信用度合いの相対論でしかなくなる。あの国と、あの会社と、あの組織と、あの技術と…どちらがどのくらい信用できるか?ということに。

とは言っても「国」がもつ権力はまだまだ大きい。なので、国が発行する通貨、国が裏付けを取る通貨は信用され続けている面はまだまだある。
…という事をもってして、そう「かの国」が電子マネーの技術的覇権を握りたいという野望のために力を注いでいると考えても、不思議ではないだろう。

 

お金とは、結局道具に過ぎない。究極、情報に過ぎない。すべてを一律に何かの共通基準としての「価値」としてあらわすことで、事物の流通が大変便利になる人類が発明した便利な道具。

世界の流れにどこまでついていくのか、それとも、ガラパゴスであり続けるがゆえに、面倒な、であるがゆえの安全をとるのか。そろそろ使う人にも、そして国にも突きつけられている気がしている。 

 

資本家のビジョン

働き方改革。やり方はともあれこの効果があちこちでジワジワと効き始めている感覚を感じる。

仕事柄、さまざまな会社と情報をやり取りするのだけれど、残業規制が厳しくなったとか、水金だけは絶対に18時には退社だと言い始めている会社が多い。

 

とは言え、だからと言って仕事が楽になった…というよりも、今までよりも効率を上げて、働かなければならないという、ストレスとしてはより高まる方向での現場。

 

「働き方改革」によって、より効率よく働けるように、効率よく働いたことによって、今までより短い時間で今までと同じくらいの成果を…というのが、たぶんこの改革を先導している側、雇用者側のイメージだろう。

 

でもこれ、いつまで続くのだろうか?

 

そもそも、今この方向で働き方改革をしていったとしても、いずれどこかで限界が生じる。無限に効率を上げ続ける事など出来ない。そこでまた「次の働き方改革」をうたいだすつもりなのだろうか?

 

単なる効率化、時間当たりの収量/金銭価値をあげたところで、結局限界はいつもやってくる。それよりも資本家サイドが考えるべきは、どう働いてほしいのか、どう働かせたいのか、その結果どのような構造に、社会にしたいのか?というところがすっぽりと抜けていては、お題目は毎回違うものの、結果として「単なる効率化、現場絞り上げ」の名前のすげ替え以上の何物でもない…というのは皆が感じている事ではないだろうか?

 

どの施策も、「時間当たりの効率」ばかり、「時間当たりの得られる金額」ばかりを話題にしている。そうではなく、その今までの直線上にはない、全く違った価値観や、もしくは同一直線上ではあるけれど、うんと先まで飛んだ結果をどのように生み出せるのか?これこそが示すべきビジョンであり、付加価値のはずではないか。

 

そもそも、「働き方」改革とうたっているにもかかわらず、では働く側、労働者側が「こういう風に働きたいです」と言ってそのようにしてくれるわけないでしょ?どう見ても「働き方改革」と言う名の本質としての「働かせ方改革」でなければ、働く側の働き方が、変わるわけないじゃないですか。

 

そう、原因は資本家サイド、管理者サイド 、マネジメントサイドにある事がほとんど。

マネジメントぉ!しっかりしろよぉ!