逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ

転んで怪我をすることが怖いので、とてもとても注意して、ほぼ確実に転ばないようにして生活することはできるかもしれない。そうして「転んで怪我をすること」はなくなる反面、転ぶことがないということは、転び慣れていない、転び方を知る機会がないということでもある。

しかしいくら気を付けていても、どんなに注意してみても、“絶対”はあり得ないので、どこかで転ぶ可能性は否定できない。その、万が一の“転ばざるを得ない瞬間”には、その方はどう対処するのか、どう対処できるのか。

 

何度も転んでいる人は、そのうち、転び方を覚える。擦り傷切り傷は絶えない毎日かもしれないが、そもそも大事故にはならないような、大怪我はしないような転び方を、体得することになる。そもそも「何度も」転んでいることからして、すでに大事故になっていたり、命にかかわっていたりするのなら、今そこにはいないのだから。

そうはいっても何百回、何千回かに一度くらいは、本当に身に危険が迫るような“転倒”に出会うかもしれない。そのとき、その人はどう反応するだろう、できるだろう。

 

 

リスクには、「軽減」「回避」「甘受」「転嫁」の4つの対処の仕方があるともいわれている。

小さな怪我をするというリスクを恐れているというのは、そもそもリスクを回避するということ。ひとつの選択だ。

だが、どうしても逃れられないリスクが立ちはだかったとき、そのリスクにどう対処するのかということを事前に対策しておくなり、身を持って準備していられるかどうかは心がけ次第。

 

リスクは嫌いだ、避けよう、でも小さなリスクにちょいちょいぶつかってしまうという人もいる。だがそれはもしかすると、大きなリスクを避けて小さなリスクをとっているという結果から来ているかもしれない。リスクなどというのは、できれば出会いたくないものに決まっている。が、それでも避けられないのなら、小さい方でという結果かもしれない。いや、もしかすると、大きなリスク、中くらいのリスク、小さなリスクのどれかをとらざるを得ない状況なので、完全リスク嫌いで少々前に進まなくてもいい人は小さなリスクを、リスクも嫌いだが前に進まないのも嫌なので中くらいのリスクを、という選択結果から違いが出るのかもしれない。

それらを繰り返していると、体得できることの違いは、小さいようで大きい違いが出る可能性もある。

 

 

恋愛も、株式投資も、仕事も、日常も、すべてがリスクにあふれており、すべてがチャンスでもある。大きな、命にかかわるようなリスクはできるだけ避けるとして、小さなリスク、命にかかわらないリスクは、積極的に取りに行った方がいいかもしれない。

擦り傷を作るかもしれないが、それはトレーニングだ。こけるのが嫌だからと、赤ん坊が“はいはい”しかしなかったら、いつまでも立てない、いつまでも走れない。世の中にはそうして、立ってでも、走ってでも見てみたいもの、知ってみたいことがいっぱいあったはず。だから伝い歩きでもなんでもして、前に進んできた。

 

仕事で困難にぶつかって成長する、とか言うでしょ?あれを、ハードルと言ってみたり、リスクと言ってみたり、ビジネス書とかプロマネ指南書なんかで都合よく書いてあるけれど、結局は同じこと。身に染みて、苦労して、考えておかなければならないことを体得してこそ成長。大怪我は嫌だけど、擦り傷はやがて完治できる。

 

だから、いつでも成長できるんですよ。

だって、リスクがなくなる日なんてないのですから。