築いているのは

何か事業に限らず、新しいサービスや新しい事を起そうと思うと、一人では無理なところが出てくる。そうしたときに力になってくれる何かが欲しい。それは仲間であったり、友人であることが大半。

しかし、それほど都合よく仲間に恵まれるとも限らないし、そもそも今いる仲間がそういう考えに乗ってくれる人である可能性は低かったりもする。

そして今は、目的を掲げ、それに応じた人々が集まってくることによって目的を一つとして突き進む組織を作る方法が採用されることが多い。一般にそれを会社と言う。

けれどそれは「組織」を作りたかったから作ったというのではなく、本来、目的を達成するために集まっている個々人であるはずで。だから目的が違うところに集まってしまうと、それはそれは悲惨な組織活動に巻き込まれることになる。

特に大企業と呼ばれるところであるならば、給料がいいとか、会社が安泰という「目的」で集まることもありがちだけれど、小さな会社、ベンチャーなどであれば余計に、そうした本来のその企業の「目的」に合致していないと、そもそも雇う方も、雇われる方も、かなり悲惨な状況に陥ることも想像に難くない。

目的意識をもって集まることで、そこの人々はその目的に向かって走り出す。が、みんなが同じ役割しか持っていなければ、それは複数人集まる必要はない。複数人いるというのは、その得意な個性を提供してほしいからであり、その能力をいかんなく発揮してくれると期待し、それに応えてくれるからこそそこにいられるものになる。
であるために、そこに向けて走り出す互いが、たとえすぐには十分な成果が出せるレベルになっていなかったとしても、「信頼」が作り上げられる方向での動きになっていなければ、そもそもなりたたない。

そうした信頼できる仲間をいかに囲い込めるか。信頼に向かえる仲間をいかにそこに組み込めるか。ずるい振る舞いで動き出した瞬間に、信頼は音を立てて崩れ始める。築いているのは、仕事でもあり、その仕事のための信頼があればこそ、その上で物事が回りだす。