背中の数

年に何度か新幹線に乗る。これもそんな時に出会った一コマ。

 

新幹線に乗ると私の場合、2~3時間ほどかかる。次の資料を読むこともあるが、多くは映像を見ている。そう、映画を見ることが多い。
やり方はいろいろあるかもしれないが、タブレットに何本かの映画やテレビ番組をエクスポートして、その時々に合わせて眺めている。2時間の旅で、ちょうど1本くらい見られる時間として、とっても都合がいいのだ。

その時も私はある映画を見ていた。結構話題になった子供向けアニメだけれど、教訓としていろいろ含まれているとして、親が見ても十分に鑑賞に堪えるとして名高いものだった。実際、良い映画だと思う。お子さんをお持ちの方にはお勧めしたい映画だ。

私はそれを、3人掛けのもっとも廊下側で見ていた。いつものようにタブレットをテーブルにおいて、イヤホンで。

 

通路を挟んで隣の列には、子供が座っていた。たぶん小学校1年生以下だろう。幼稚園の可能性が高い。二人掛けの席はひとつが向きを変えられて、4人で向かい合って、親が二人、子供が二人の4人掛けで座っていた。
親はたぶんもう旅行の帰りなのだろう、けっこうぐっすりと寝込んでいた。子供たちはと言うと、キャッキャと遊んでいた。
そんな一人が、私のタブレットの画面に気が付いた。食い入るように見つめる。
あっ、なんか面白そうだ、見たいな、なんだろ、見たい見たい。
そんな心の声が聞こえてきそうなほど。子供は必死で乗り出してみようとしていた。でも気づかれないように。
私は少し角度を変えて彼が見やすいようにしたけれど、それも彼には気づかないふりをして。
どうやら親は気が付いたらしく、彼をきちんと席に座らせようとするけれど、親がまた寝入ると、子供はやっぱり興味をもってこちらに集中。


いや、この話自体に面白い結末があるわけではないんだが。
ただ、子供にせよ大人にせよ、一度興味を持ったモノについては、その正体を確認したいのが世の常。そして、正体を知った上で、さらにその奥に面白そうなものがあるということが分かれば、放っておいたとしても、人は勝手にその先に分け入っていく。
ゲーミフィケーションなどというけれど、それはやっぱり入口までであって、本当のその物事の面白さが理解できなければ、最後の一歩を踏み込むには至らないんじゃないだろうか。
それを教えてくれる大人、先人が、少なすぎる。いや、そういうことを「教えてくれる事」にたいする価値が、まっとうに評価されていないような気もする。
なんにせよ、大人が、先人が何かに楽しく打ち込んでいる、そういう「背中」を見せれば、興味のあることなら誰でも乗ってくる。そういう「背中」が減ってきた、何とかもうけを出すための仕事が増えている事こそが、おおきな課題なんじゃないかな。

リリースし忘れてた orz