売れるようになれ/うまくなれ

とある芸人世界の話。

 

徒弟制度がまだ残っているそこは、師匠に弟子入りして芸を学ぶ。
もちろん、いろんなタイプの師匠がいるわけで、きちんと芸を教えてくれる者もいれば、そんなことはどこ吹く風で、盗んで見せろと言う師匠もいる。
弟子は戸惑いながらも、そして時に楽をしながらも、そんな世界で育っていく。

 

そんな中で、師匠がふとアドバイスともつかない言葉をくれることもある。
ある師匠は言う。
「いずれお前の時代が来る。売れるようになれよ!」

だが別の師匠はこう言う。
「売れるのも大事だが、それより今はうまくなれ。そうすりゃ怖いものなしだ。」

 


日本に限らず、ビジネスはQCDだと言われることが多い。品質(Q)、コスト(C)、スケジュール(デリバリーD)。物やサービスを予定当日には出すとすると、あとはコストと品質とのせめぎあいになる。コストを掛ければ品質もそこそこに上がる。だが、コストを下げれば、なんらか品質に影響することが少なくない。

 

「売れるようになる」、すなわち目標は金だ。もちろん、それにつられて芸も伸ばせるだろうけれど、十分な金が手に入れば、そこに安住したいというのもまた人の弱い側面。だがしかし、十分な金とは言え、入ってくる分に応じた使い方で慣れ始めた人がたどる末路は想像に難くない。もちろん、それでもうまくやる人もいるのだが。

他方「うまくなる」事を選んだ人は、目標は芸だ。当たり前だが売れる芸もあれば売れない芸もある。それで一生を棒に振って、その後に時代が追い付いて…という人など、芸人に限らず芸術家などでも枚挙にいとまがないだろう。当人は生前に良い暮らし向きにはならなかったかもしれないが、時代が認めた瞬間に大きな功績へと転化する。生前においてその芸が認められれば、もちろん巨万の富をなす可能性も。でも目標はお金ではなく、うまくなること。時にそれを乗り換える方もいるようだが。

 

何を残したいのか、何を幸せとするのか、何をもって幸せを感じたいのか、ただ生きている、生活しているように見えて、実はその目標値が全く違うことで、大きな差が生まれたりする。