場、その活動と目的

SNS上に写真を掲載すること。自分もやらないわけではないけれど、さほど積極的ではない。こんなものを食べました、こんな所へ行きました等々、いろんな情報を出す方、顔を出す方など、いろんな使い方がある。

 

そもそも、プライバシーを気にして、全く写真を載せずに見るだけの方。公開する範囲を厳格にして、信頼のおける人には掲載する写真はあまり気にしない方。あまりそうした意識はなく、写真を掲載する方などいろいろ。

私がここで語るまでもなく、写真が載ることにより、その場の雰囲気が伝わったり、言葉では表しきれない臨場感が、たった一つの写真で伝わる。最近だとショートビデオも載せられたりすることで、より臨場感が増したり。


ただ、そうした友人知人からの共感、コメントに押されることで、主客が転倒している方もいる。「自分が活動したことを、写真/ビデオを通じて載っけていたはず」なのに、いつしか「写真/ビデオを載っけるために、自分が活動したり、出かけて行ったり」。

もちろん、そうなることで、楽しい写真、綺麗な風景がたくさん増えたりもするけれど、なんとなく「幸せに見てもらえるであろう風景」を必死で写して掲載する。

 

そもそも、そうすること自体が苦痛になり始めたらおかしくなっている証。苦痛になるまでやるべきものでもないだろうし、苦痛なら苦痛だと言えてこそ、もしくは苦痛と言わずに済むコミュニティこそ、人々が求めているコミュニティだったりしないだろうか。

アピールする場はとても増えている気がするけれど、静かに見守りあえる、そんな優しい場がネット上にできるのは、いつなんだろう。