組織、人、成長

とても優れた組織、まぁ名の通った会社だと想像すればいいだろう。

こういうところは、そもそもそこを希望する学生に質もある一定以上。とても優秀な人たちが集まる組織。であるために、上司が1を語ると、けっこう2や3のレベルで理解されたりもする。さすがに入社直後からとはいかないまでも、数年一緒に仕事をしていれば、結構な確率で人々はそれなりに動き出す。そもそもそれで仕事のまわし方を理解し、仕事のまわり方を体得できるようになれば、仕事自体は上司が語らずとも流れに乗って走り出す。

…であるがゆえに、「仕事が順調に行っている」状況は、上司が作り出していると言うより、現場の実力で回っているところも少なくないと思われる。

 

こういうところでは、いわゆる「ジョブディスクリプション」的な内容は説明するまでもなかったりする。そこまで事細かに説明したり割り振ったりせずとも、まわりだせるだけの人材がそろっているからだ。優秀なリーダーなどいなくとも、現場が回ったりする。

 

もちろん、優秀なリーダーがいれば、さらに素晴らしい仕事の成果を上げたり、より安定して成果を生み出せる組織となりえる。そんなチームで仕事ができると、やりがいのある、そして他ではなしえないような仕事ができたりもする。もちろん、チームとしての環境も良いと想像できる。

 

 

これに対して、普通の会社はと言うと、そもそも仕事にたいしての理解度はまちまちであることが少なくない。となると、ひとつひとつ丁寧に説明しなければ現場は動かず、メンバーも動けず。したがってその意味や作業を丁寧に説明せねば動かなくなることもしばしば。であるがゆえに、仕事に対しての接し方、説明は、決しておろそかにはできない。うまく伝えなければ現場は動かない、まわらない。

 

先に書いた素晴らしいチームにおいては、そのような説明がなくてもうまく回るように書いたが、もちろんそうではないこともある。それは、そもそもの方向性、目的にズレがある場合だ。こんな時こそ「リーダー」の資質が問われる。目的は何か、何を目指すのか、そうしたことをきちんと説明、伝えることが問われるわけだ。が、それまでそんなことをせずとも回ってきたチームだったりすると?そういう組織で育ってきたリーダー、その中で意識してそういうことを考えていなかったり、学んでいなかったりすると、そのようなことを「説明できない」、結果「取りまとめられない」「方向性を定められない」事になって、優秀であるはずのメンバーが、パフォーマンスを出せない場合がある。もちろん、そうではない人の方が多いだろうと想像はする。が、いくらかの割合でそういう人もいらっしゃる。そうしたリーダーの下に当たると悲劇だ。

 

親を自分で選択できないのと同じように、上司を自分では選択できないことが組織では多い。だが、そうしたリーダーの下でうまく立ち回れる人もいる。

それこそリーダーの補佐役として、いや、リーダーを自分が請け負う形で押しのけて、いやいやそれ以外にも、そこから立ち去ることも選択としては可能だ。

 

そこでも、自らの考え方、行動が問われる。

どうするのか、どうしたいのか、どうして行きたいのか。

考えて、それに必要な行動をとる。考えることなくして、現状を理解することなくして、うまい行動はとり得ない。

考えよう、まず。同時にそれを、行動に示そう。一つだけなら、やがてそれはマシンに代替されたり、コストダウンの対象にされて行くのは目に見えている。組み合わせていこう。決して楽では無いけれど。