「失敗」は、あなたが定義していないか

それを「失敗」にするのはあなた。

失敗したことになるのはあなたの決断。

世間一般からは、失敗と言われようが、そこから学べることは多数あり。周りが言うのは言うに任せればよい。他人の判断で生きているだけならまだしも。
 
失敗したからなにも得るものがない、と言うのは、簡単ではある。と同時に、実は一番「楽」な終わりかたではないのか?
失敗から学ぶのは、苦しい、辛い事が少なくない。嫌な記憶を手繰り寄せなければならない。が、そうすることで自分の弱点が明確になる。
弱点が明確になれば、対策が打てる。それがなければ、次も同じ失敗をするかもしれない。自分の経験から何かを得ないでどうする?記憶にのみ頼るのではなく、着実に記録し、同じ轍を踏まないこと。そうすればそれは失敗ではなく、経験として昇華される。
しかし記録されなければ、同じ轍を踏み続ければ、それは単なる失敗を繰り返すのみ。いつまでたってもそこから前に進まない。
 
テレビゲームは、その失敗を乗り越えなければその先に進めない。どうして間違ったのか、違う道がないのか、明らかにしながら、テクニックを使いながらその先へと進めさせる。その先へ行けなければゲームは「そこまで」だ。クリアできなかったゲームが増えるだけ。終わりまで行けなかったゲーム、いくつ持ってる?
 
目指す先に向かって、失敗を経験に変えて。