非常ボタン

大きな音がした。人が倒れた。目の前のドアが開き、ふわりと、顔から。

 

たまたま座れた帰りの列車で、疲れてウトウトしていた。けっこう長めに乗る路線なのだけれど、最寄駅よりいくつか前の大型駅での乗り換えのざわつきで目が覚めた。

あといくつかで自分の駅だと認識し、眺めるともなく、窓の外、冬の街の明かりをぼんやりと見ていた。

と、自分が降りる手前の駅。あぁ次かなと思いながら、見るとはなしにドアの方を見ていると、ドアにもたれかかった人がふらりと倒れ始め、開いたドアから冷たい冬のプラットホームに、顔から崩れ落ちていた。

 
周りは騒然、すぐ後ろに立っていた若者はすぐにその人を抱えて、列車の外に引き出した。誰が押したのか、プラットホームでは非常停止ブザー?の音がけたたましくなる。
私はとある講演会で、そうした非常用ブザーは躊躇なく押すように、緊急だと「自分が判断」したら押せばいい、そのための装置なのだからと習っていた。が、それでもその場に居合わせた自分の中に、それを押せていた自信がない自分がいた。たった数メートルの違いで、自分なら押せるか?押せたか?自分に何度も問いかける。
 
倒れた本人はどうやら意識はあるようだ。私の記憶では、倒れたその人は、降りるために少し前に座っていた席から立って、ドアに近づいていたのだから普通の人に思える。完全な想像だが、もしかするとテンカンという症状はこういうものなのか?と考えてみたりもする。
 
顔から倒れていったのでケガはしているようだが致命傷ではなさそうだ。駅の職員も出てきて救急車等の手配もまわり始めた。
 
まだ非常停止のブザーはなっているがアナウンスが流れ出した。社内、プラットホームの両方にアナウンスが流れる。
やがてブザーは止まり、列車は10分遅れ程度で動き出した。
 
何事もなく、私の最寄駅に到着する。
何事もなく、幾多の人たちが家路へと向かう。
今年の冬はこれからまだ寒くなるのかな。
暖かさが待ち遠しい。