ムダの見極め

効率化、ムダ取り

今の会社では、特に日本人が多く働く現場では、効率が低いとされ、より高い効率を目指して、無駄を省いて、ということではっぱをかけられる。

その結果として、多くの企業がその今までの現場の価値を棄損して、現場を疲弊させ、壊していることが少なくない。
要するに、価値を生んでいる時間と、そうでない時間の見分けがついていない、ということ。
 
確かに、作業効率が落ちているような仕事っぷりの方を見かけることもある。
が、時には、たまたま手を休めていた人が、たまたま目に止まって注意されることもある。
何が効率なのか、何をもって非効率なのか?
 
結果に対しての働きっぷり、作業時間で測るくらいしか手がないのが現状。
であるからこそ、従業員の総作業時間数を母数にして判断したりする。
 
だが待て。そもそもそうした「従業員の総時間」をつくり出しているのは、上からの指示ではないのか?朝令暮改で朝言った事とは違うアウトプットを求めた場合、それを指示した上司の「非効率っぷり」はどうなのか?
 
そもそも、どこまでできれば今日の完成です、といった作業目標、作業範囲とうとう、ジョブディスクリプションをきちんと決められない上司が「管理」している結果がこれではないのか?
現場の効率をあげろ、というなら、同時に、指示内容を効率化せよという事はなされているのが当然。現場は最後の最後の指示でしかない。
そうして、互いに関係しあっているそれぞれのメンバーの間で、摺合せ、誤解を解き、齟齬がないように、急な変更でも影響が出ないように仕事を進め「なければならない」ような現場運営を強いる指令ではない指示をどうだせるのか、出せているのか。
 
さて、「無駄」はどこにあるのだろう? :)