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「失敗」ではなく

ポッと出のベンチャー企業ならいざ知らず、すでにそこそこ運営がうまくいっている組織や企業において、「失敗すること」を恐れているのは正直「損」だ。

 

失敗それ自身を「恐れる」のではなく、

失敗から「学ばず、立ち上がれないこと」を恐れるべき。

 

失敗は、場合によっては確かにかなりのコストがかかるものでもある。が、それを恐れて、それ以上の大きな何かを取りに行くことを恐れることで実質的に大きな損失を生んだり。もしくはそこで失敗してしまうことで、その時点のみで「終わりにしてしまうこと」は、そこでかかったコストが何も取り返されていないことになる。

そうしてかかったコストをも取返すほど、「そこから学び」を得ること。まさに学習コストとしてその失敗を次に生かすことができるかどうか?という意識を持てるか否か。これをできていない事こそ恐れるべきことであり、それをしない事、「失敗から学ばない事」こそが大きな損失だ。

 

失敗それ自身を恐れるのではなく、

失敗から学ばずに、同じ轍を踏んで同じ失敗を繰り返すことを恐れるべき。

 

…と分かっていたとしても、同じ失敗をする組織が後を絶たないのはなぜなのか。まずはその理由を考えたほうがいい。前の失敗が共有できていないのか、それとも、そもそも失敗自体が許されない組織なのか…。
失敗が許されない組織だとすると、許される失敗と許されない失敗との間の差がどこにあるのか?こうしたことをきちんと突き詰められる組織なのか、それとも目の前の失敗ばかりが攻め立てられるのか?

 

仕組みがある/なしではなく、あるはずの仕組みがきちんと運用されるようにメンテナンスされているのか?

考えはじめると、結構根が深いところにあることも少なくないのがこの手の問題。
だからこその、意識改革の必要性なのだけれど、さて、その意識改革も、本気なのか掛け声なのか…。