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初めて、が伝えること

誰もが、すべての事においてはじめての時がある。それをことさら大切に扱いすぎるのもおかしな話だし、誰かだけをあげて、他の人のはあげないというのもおかしな話。機会は均等に。

 

来週の本日、新しい制度の下での選挙が始まる。18歳以上から参画できる。…ということで、高校3年でも、選挙権のあるものとないものとが生まれたりしていろいろドタバタ。

でも、当然ながら、「新18歳」だけじゃなくて、19歳だって同じく初めて投票に参加できるはず。一番下ばかりが取り上げられてその上は適当にあしらわれる。もっと言えば、20歳の人であっても、今回の選挙が初めての選挙、という人ももちろんいるだろうに。

 

とは言え、情報を提供する方は、紙面の制限、報道時間の制限から、無限にすべての情報を均等に報道するわけにはいかない。何らかの編集が必要だし、フォーカスする部分も必要だし、いかにまとめてコンパクト化してお伝えし、そのうえで満足感を持っていただくのかといった「情報コンテンツ」を作り上げることが求められている。

 

すべての情報は、編集が入っているのだから、編集者の意図が含まれている。

ライブですべて生で放送している…という状況であったとしても、その情報が伝えている音源、画角がどこをとらえるかという意思が入っている限り、そこに映り込んでいないもの、そこに入り込んでいない音という意図は存在する。
編集なき報道はあり得ない。「そこに映り込んでいる情報」の意図と、「もしかしたら映ったかもしれない、でもそこに映り込ませていない情報は何か?」という意図と。
とくに隠されているものは、なかなかうまく気づけないことが多いのだから。