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という既得権

最初に襲来されたのは音楽業界だった。

CDというパッケージが、曲売りができる形になって利便性が確認され、そのうえでアルバム売り、そして聞き放題の「サービス」へと変貌していった。「売り切り」を「サービス」に変換させるために、約15年ほどかかっている。

 

が、音楽業界は、特に日本は昔からの既得権を脱することがなかなかできず、一時的な大きな痛みではなく、長期にわたる我慢できそうな痛みを甘受し続けている。相変わらずネットで音楽を流すことはかなりむつかしく、特に旧来からのメディアは新しい仕組みに対応した共同体としての統一見解を作ることがむつかしく、いまだ新しいことに抗いながら徐々に蝕まれ続けることから逃れられずにいる。

 

それぞれがそれぞれに変革を受け止め、変わり続けなければ生き延びられない。たとえ痛みを伴うことであっても、そこで痛みを受け止めなければ、そのあとではもっと大きな痛みや苦しみでしか乗り越えられなくなる。

時代が変わるような変化、既得権を脅かすものであればあるほど、まさにその傾向が強い。が、既得権があればあるほど、そこから脱する痛みは甘受できなくなり、その場から動けなくなる。

既得権は気持ちいいのだ、暖かいのだ、過ごしやすいのだ。であるからこそ、そんなぬるま湯のままで維持し続けるわけはない。努力がなければやがて廃れていく。

 

ふと気が付くと、取り返しがつかないことになっていることも、珍しくない。