自分の周り(だけ)と比べていると

自分の身近な周りとだけ比べていると、あまり変化は感じられないのかもしれない。でも世界的規模で見比べてみると、あきらかにこの国は「貧乏」になっていっている。貧しい。所得水準がが低くなってるんですよ。

 

何をもって幸せと考えるか?は人それぞれ、国それぞれなので置いておくけれど、すでにGDPが世界No.1であったのは過去の過去。これをいまだに引きずっている人がいるのが不思議で仕方がない。それは「思い出」であって、現在を見ないこと自体が大きな誤解や失策を招くことに。

世界経済は、今は徐々に停滞期に入りつつあるようにも見えている。けれどそれでも、日本を除いて多くの国は、それなりに発展している。微々たるものであっても、デフレや、マイナス成長になっていない国がほとんど。

 

一部の会社がブラック企業呼ばわりされたりすることが目につき始めた昨今だけれど、国を挙げてブラック化している事実。社員みんなで、次期売り上げを達成しよう!と鼓舞している事と、1億総活躍社会と言うのとが私には重なって見える気がしてしょうがない。そうしなければ回らない、貧乏な国に成り下がっているということをどれだけ真摯に受け止めたうえで、真剣に対策を打ち出せるのか?

ごくごく一部の今の上層部は逃げ切れるかもしれない。だがいまから学校に通う世代は?これから社会に出る世代はどうすればいいのか?すでに終身雇用などだれも信じていない。昔は「窓際族」などと揶揄されていた時代もあったけれど、それでも「窓際」で座らせていられる余裕を、会社や組織は持っていた。今はもう明らかにそれがなくなり。スッパリ切るという選択がなされる。それにより50代以降においてそれに引っかかったものは、いきなり「自分の思い描いていた、過去の先人のレール」から外され、一気に低所得者に陥れられる危険性が極めて高い。50代なら、まだ学校に通っている年齢の子供がいてもおかしくなく、いきなり家計をはじめとして様々な狂い、ゆがみが露呈する。その人の努力も足りなかったかもしれないが、社会全体が沈んでいる時には、国全体としてそうしたことに対する施策を打たなければ、社会構造自体がどんどんといびつに歪んでいく。

 

自分の周りだけを見ていると、一緒にずるずる落ちていることは、相対速度として見えなくなる。もっと大きな視野で、大きな視点で落ちて行っていないか?ならどうすべきか?たぶん2020年のオリンピックを終えたあたりから、強烈な不況がやってくるような気がしてならない。不安だけで終えたくないんだけどさ。