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希望と絶望の時代

子供には未来がある。自分が子供のころ、親戚のおじさんに言われた一言は、今考えると重い。「その若さこそが、君の希望なんだから。」

 

けれど昨今、希望をイメージしたくとも、世界情勢も、日本情勢も、明るい話題はあまり見つからない。PokemonGoなんて言う話も聞こえてくるけれど、これが未来永劫…というイメージは無い。明るさというよりも、未来の悲惨な予想をひと時忘れさせてくれている、そんなカンフル剤にすら見えてしまう。

 

本来、「未来は今より良くなる」と信じ、それに向けて明るい未来を期待して日々前進していくというのが理想的な形だと、みな、何となく心の中に描いてきた。
しかし想像する未来は?考えれば考えるほど、悲しい予想や悲観的現実、帰着するポイントは問題山積なことばかり。いや、もしかすると、何十年も前からそうだったのかもしれない。けれど無限にも成長するように見えた国の経済、地球という星としての経済、人口規模は、すでに限界が見えようとしているのではないか?ネズミ講が禁止されている理由よろしく、物理的上限は近づいているのでは?と言う事。

 

結果として、「希望を大きくする未来」に向かうことよりも、「絶望を小さくせざるを得ない形の未来」しか想像できない者が出てきているのではないか?

いや、これから先に進むべき人々に、今の現役世代こそが、より良いものを継承していく必要があるはず。そのうえで「その選択肢」でいいのかどうなのか?今が良くなればそれで良いのか?

希望の火は消えかけていないか?