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意味の無い挨拶の意味

お疲れ様です!

 

仕事をしていると、「こんにちは」ではない、「はじめまして」でもない、が、なんとなく挨拶しなければならないシチュエーションで、この言葉を挨拶として使う方を多く見る。たぶん英語では訳しようがないだろうなぁ。Hello!と同義語にせざるを得ないんじゃないだろうか…。

 

他にもシチュエーションからして、聞いて意味あるのか?という声掛けはいろいろある。

美味しいですか?

お出かけですか?どちらまで?⇒ チョットそこまで

 

何を聞きたいか?と言えば、別に情報として価値あること、意味ある返答を期待しているのではないもの。「そのやり取りをする関係性」それ自体が意味をなすとする挨拶。なのでその言葉、フレーズ自身に意味があるのではなく、そう問いかける行為のきっかけのフレーズがたまたまそれであるだけの話。挨拶する/されることによる「関係性を保つ/確認する」ことに挨拶の意味を見出しているということ。

 

海外では(私のつたない海外旅行経験において)、行き交う人と目が合うことで、Hi とにこやかに挨拶する/笑顔を見せたりする。これはそもそも悪い事、怪しい事を考えている人間では無い、安全な自分、をアピールする意味もあると聞く。

昨今、都会のマンションにおいても、同じ住人であるにもかかわらず、声をかけても挨拶を返さない人も見かけたりする。

別にあなたの生活に入り込みたいわけではない。あなたのこの地域における安全性を確認し、それを維持する関係性を確保しておきたいんだよ。突然潜り込んできた異分子じゃないでしょう?これこそがセキュリティ施策の一つなのに、これすらやめてもっと面倒くさいシステムを検討する…といった事と似たような状況、あちこちで見覚えありませんか?