読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

子供化

いやダァと泣き喚く子。

それを慮(おもんばか)るのは、あなたがその子よりも大人だったり、分別をわきまえていたりするからこそ。

 

でも、もしも政治家がそうだったら…

最近ではとうていできない事、できる算段もない事を言いふらしてみたり、泣きわめいてみたりする政治家を散見する気がする。もちろん、多くの有権者はそれらを鼻で笑い、無視したりするのかもしれないけれど、一部のモノは「おもしろいじゃん」と、冗談でそれに投票してみたり。

 

「おもしろいじゃん」も、数が増えるとたちが悪い。それなりに勢力として維持したりもする。と、突然「おもしろい」から「冗談じゃない!」と変貌するのだけれど、「おもしろい」で考えているような人たちの多くは、当然そこまで頭が回っていないことが多い。
そうして推される人も、最初は算段が立たないようなことを言っていても、やがて実際にそれを実現しなければならないポジションが近づいてくると、ジワリと発言を歪めたり、現実に即した方向ににじり寄って来たり。でも、そう気づいてから「冗談じゃない!」と再度意見を言う機会は準備されていなかったりする。

 

人を見極めるのはむつかしい。直接にせよ間接にせよ、誰かを選ぶ、誰かの考えに乗るのは至難の業だ。100%乗れるという人はまずいない。だからいつだって、「良い人を選ぶ」というよりも「悪くはない人を選ぶ」という意識になれているか、デメリットを最小化できることになっているかを意識してきた。

 

みんなそうではないのかな?

絶対的に信頼できる人なんてまずいないよ、と思っている自分がおかしいんだろうか?