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行動の差

ググレカス」という言葉が跋扈するほどに、人々にネットは浸透し、またパソコンのみならず、スマートホンが普及して、情報探しには苦労しなくなったように見える今日この頃。しかし、それでも、わからない、知らない、できない、という人はまだまだ多い。指先でちょっと調べればわかる/できることであったとしても。

 

そういう人たちはすべて同じ、というわけでもなく、いくつかのグレードに分かれる気がする。例えば次のように。

 

a) 何にもやらずに「できない」という人。

b) 何かやっては見るんだけれど、できる人から見ると(それ、やってるうちに入らんだろ)っていう程度のやりかたで、結果「できない」という人。

c) 何かやっては見て、それなりにまぁできる程度にはなって、でもやはりなかなか進歩していく身に乗りは険しいという人。「できそうだけど、なかなかむつかしいね」。

d) 何かやっては見て、けっこうそれなりにできるようになり、ふと気が付くとそこそこできるようになる人。「まだまだだけど、でもかなりいけるようになったよ」。

e) 最初から、自分でやってみようとひらめき、どんどん自分一人で進んで、できるようになってしまう人。

 

本当にできる人から見ると、a)-c)くらいまでは、まずやってみろや!、って印象が強いんじゃないかな。会社なら、ひどいところだと怒鳴られる。特にa), b)レベルで「できないー」と泣きついてくんじゃねーよ、という人、少なくないよね。

そういう意味では、私が感じるところ、a),b)までは、真剣に考えてないことが多くて。本気で考えろよ!と言いたくなるのもごもっとも。教えているほうからすると、甘えてんじゃねーぞの感覚。

その上でc)。これはその場でそこそこ考え始めている。が、まだ考察は深くない。

d)になると、そのモノにはまり込みはじめていること。言われなくても興味をもって、それ自身を考え始めている。興味の対象によっては、このレベルまで一足飛びということもある。

 

要するに、行動を起こすというのが先行しているのだけれど、それだけでは到達点はそれほど遠くない。そうした行動をした上で「考える」こと。考えなければ、深まらないし、考えなければ見つからない。考えるところを一度誰かに頼りだした瞬間から、実はこれ以後、ずっとその部分に関しては、頼り続けなければならなくなるという「沼」にはまり込む。だからこそ、最初から「考える」しかない。

行動し、考える。考えて、行動する。