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効率化の果て(2/2)

 先日書いた効率化の話だが、現場事例に関しては枚挙にいとまがない。

たんなる安売り戦争、単価を下げることにのみ注力しているだけの企業というのもわかりやすいが、それ以外のところでも、ある軸から逃れられなくなっている事例はいくらもある。

 

 

たとえばデジタルカメラ

これは当初、撮影画素数ということを競っていた。はじめは30万画素程度でも価値があったが、60万、80万…、100万画素を超えたあたりから、コストと画質のバランスが受け始めて、爆発的に売れ出す。200万、500万、800万画素…。今ではスマートホンでさえ、1000万画素を超える画素数を備えている。

すでにデジタル一眼は、当たり前のように2000万画素を超える。

だが、これはこれからも無限に、3000万画素、1億画素、10億画素…と進化していくだろうか?すでにユーザーが「そこまで入らないなぁ」と思っていないだろうか?事実、昨今のコンパクトカメラにおいて、そんな画素数の競争はしていない。「その軸」での競争は終わったのだ。

 

パソコンのCPU能力もそうだ。当初のそれはクロック周波数で競わされた。80MHz、120Mhz、333M、600M、800M…。1GHzを超え、2G、3Gあたりから、メーカーもその数字をスペックとして大々的に歌わなくなった。物理的、技術的限界(熱との闘い)などもあり、その軸上での戦いが終焉を迎えたということ(昨今は、コア数に移っているわけだが)。

 

テレビも、液晶化、デジタル化がはじまってすでに10年以上が経過している。当初は薄くなる…ということで、筐体の薄さで勝負されていたが、やがてその薄さの軸から、表現力として、HD画素だ、2K、4Kだと売りを伸ばそうとしている。東京オリンピックに向けては8Kだそうだ。だがこれもどこまで行くのだろうか?たしかに8Kは美しいだろうけれど。
かつてテレビは「3D」という別軸にシフトさせようとしたが失敗した過去を持つ。コンテンツサイドとの連携がうまく行かないことで、価値観の軸を他に乗り換えることに失敗したわけだ。

 

今、オーディオが「高音質」という軸で伸ばそうとしている。が、(あまり海外の実情は詳しくないのだが)それを軸として市場が価値を見出しているのは、どうやら日本がほとんどとも聞く。

 

単純に、「数値ではかれるもののみ」で競争するからこのようなことになる。エアコンにせよ、冷蔵庫にせよ、「ワンシーズンの平均的電気代のみ」で勝負しようとすると同じことになる。が、実際にはそれ以外の機能やメリットを訴え、理解を促そうとしている。そこに新鮮味、新しさ、便利さを感じてくれるものを盛り込むことで、自然と「1軸ではない」価値での展開に。

事実上無限に上がり続けるものがあるのならそれでもいい。だが、そこにガラスの天井が見つかったとたんに、その市場は厳しいほどに小さな差異を追い求める必要に迫られ、現場を疲弊させることになる。十分に成熟した分野では、次の暗中模索を怖がった者が、引き離されていくサバイバル。