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利便性の追求した先に

AとBが一緒に使えると便利になるよね。一気に両方できるようになると楽だよね。こうした考え方でいろんなものが「にこいち」「さんこいち」になることで、利便性をあげることがある。…が当然、その双方のまずいところを共有してしまい、結果的に強調する場合も少なくない。

 

関東圏で働いている人なら良くご存じだろう。○○線と××線が継続運航されるようになる、これはとても利便性が上がる事。以前なら、どこかの駅で乗り換えなければならなかったのが面倒だったのが、いったん乗ったら目的地まで一気に行ける。この利便性は計り知れない。

…であるからこそ、その接続のどちらかの線で事故が起こった瞬間に、当然ながら継続運転はできなくなる。そうなると、日ごろその継続運航するラインを使っていた人々は、別系統のラインに流れ…ということがドミノ式に起こることで、どこかのラインで事故が起きたとたんに、徐々に徐々にその混乱がほかのラインの混乱を引き起こすことに。遅延が遅延を呼ぶ、混乱が混乱を招く状況は、たぶんこれからも続きそうだ。

 

結局万が一の際は「混乱」をもって対処するしかない。これは、余裕のないシステムにおける、ある意味仕方がない、ある意味平常時の効率しか考慮に入れていない状況。

 

これはたぶん日々の仕事ももちろんそうで、すべてが「時間効率」ばかりを目指して、万一の場合の混乱や不具合の覚悟なしに動いている状況。結果として何とかうまく行ったときはいいけれど、やはり起こるべくして何らかの問題が起きた瞬間に、その後始末を末端で対処させる。要するに「人」を使い捨てにしているということ。

リスクの扱いや、自社の実力、自分の実力をきちんと踏まえない事で生じえる状況であり、それによって“たまたま”うまく行った場合だけで計画を立てる。

 

追求しているのは何か?結局のトータルコストをどこでとらえるかと言う事で、極端な成功例しか想像できない者は、結果的に滅びへの道へ進むことに。

 

自分の実力、組織の実力をきちんととらえているかどうか。

無理なものはムリなんですから。