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速さを求めて失ったこと

どの仕事現場に行っても、どの会社に行っても、社内の効率化/仕事の効率化を求める声は絶えず、疲弊する現場を目にする。すでに時間以外の付加価値を考える気力も失せ、そして時間的効率化する事にも疲れた企業戦士たちが、うつろな目をして戦っている。

 

一部の切れる(才能溢れる)上司を除いて、大半の上司、上長が現場に臨んだことは、効率化、それも、時間当たりの成果を最大にすること。これは、「(成果)/(時間)」という式で考えられるため、分子を大きくするか、分母を小さくするか、その両方を同時に実現するかしかない。…が、当然ながら、そう簡単に分子である(成果)を大きくできるわけもなく、ほぼすべての現場において(時間)を最小化することに血道をあげる。

その結果何が起こったのか?

それは、考えるということができなくなるほどの(時間の)極小化。

 

すべての無駄時間と考えられる時間を削り、直接的に成果につながらないとみられる時間を極限まで削る事。しかしこれによって、何かを考えること、判断する事、新しいヒントを見つける事…等々といった時間すらも、「見かけ上の」無駄時間。結果としての成果は上がらず、結果的に自分たちの時間当たりの価値、労働賃金を下げることでしか対応できない世界へと引きずり込まれている現状。

 

もうこのあたりで、「単なる効率化」単なる時間を短くするだけの議論はやめませんか?価値ある何か意味ある結果を生むことに時間を使いませんか?いや、すでに疲れている戦士たちに単なる時間を与えたところで、すでにかなり疲弊していて、もうそれどころではないかもしれません。でも、そこを資本家たちは耐えて、労働者は最後の一踏ん張りで、次のステージに移るための痛みを伴わなければ、たぶんこの局面から抜け出せない。

変わるべきは現場もあるけれど、より大きいのはマネジメント。旧来型の頑張りだけでどうにかする時代から、みんなで「頭を使う時代」にしませんか?

…って、そんなマネジメントをしている先輩を見たことがない人々が、急に見たことのない理想に変わろうとする事自体が、無理がある…とあきらめているのかな。

sigh.