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前提

島国日本は、ほぼすべての人が同じ言語を話し、皆と意思疎通ができ、いぜんなら「一億総中流」とまで言われて、みなが同じ意識で接することができた国。だから、大前提として「話せばわかる」はず。他方、話したとしても「ややこしい/めんどくさい人は、おかしな人」という雰囲気で、意見が醸成されてきた気がする。

 

だがバブル崩壊から20年。すでに終身雇用は事実上崩れ去り、一億総中流などという状況でないのは誰もが肌身で感じ、じわりじわりと「貧しい国」になっていると多くが感じているであろう昨今。

そんな中だからこそ、立場に大きな違いも出るし、意見の違いも当然出るはず。だから立場の違いが多様化し、ややこしい状況は増えているはず…なのだが、いまだに「一億総中流」のイメージで、今までと同じイメージの話せばわかる、みんな同じにできる…といった解を求めようとする。まずはこの前提、国の下から上まで、「同じ」ですかねぇ?

 

日本以外の国の多くは、そもそも考え方の違う人たちが周りにいるのが大前提であることがほとんど。だから話して同じになるというより、理屈や理論、ロジックを双方で打ち立て議論する事が必ず必要になるのが当たり前。これを、「力だけ」とか、「金だけ」で押し通そうとしても通じないのは当然ともいえる。

すでにずっと以前からみんなが同じ「日本国」という船に乗っているのだから、誰かを「船」から突き落とさない限り、「船」の安全、安定は得られない…と力で押し切れるのか?金で黙らせるのか?それとも他に良い策が?

 

すでに「船」の「エンジン」もかなりガタが来ていたり、「船体」も「塗装が剥げる」以上にボロがでているところがある。どこから修理するのか、いつまで乗り続けるのか、どこへ向かうのか…。すでに一部の「一等船民」と大量の「下流船民」に分かれていないか。そして「船長」には、僕らの意見がゆだねられるのか。「船長」は、いい人だろうか?船員を見捨てて、真っ先に逃げ出した事例も過去にはあった話も…。sigh.