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「やりたい人」にはできなくて、「やる必要がない人」に向いている

それが、在宅勤務。

 

全員とは言わないが、昔の私を含めてけっこう多くの人が、

 家で仕事したいなぁ、出来たらいいなぁ

と思っている、がその裏側で、

 楽をしたいなぁ、ちょっとサボりたいなぁ

と思っていないだろうか?

 

もちろん、サボッてもいいのだが、それは「プロセス重視」ではなく、「アウトプット重視」でいく覚悟ができてこそ。

評価される側としてこの覚悟が出来ていない人が、でも形の上で「アウトプットで判断する」とした途端、成果が出せなかった際に、

そこまで努力した経過(プロセス)は評価されないのか?

と盾突き。

反対に「プロセスで判断する」とした途端、(極端な話だが)「アウトプットは二の次」になる人もいたり。

 

だからこそ、「成果」を目指して、「プロセス」を努力する。その両方を上手くできる人こそが、「在宅勤務」に向いていることに。

勿論これは評価される側だけの覚悟の話ではなく、プロセスに対する主導権も会社からゆだねられているからこその働き方であり、成果をきちんと説明し、正しく評価できる力が評価側にあってのこと。

「成果が出せる自信」はあまり無く、でも「プロセスの主導権を与えてほしい」となると、たぶん、放っておくと成果になんかまったくつながらない。こんな人には。在宅勤務は推せないと組織は考えるだろう。

 

もちろん、現在の組織の多くにおいて、「評価の判断基準」自身があいまいで、それを明確に示せる基準を準備している人を有している組織、育てている組織が少ないことも一因。

 

管理する側もされる側も、評価する側もされる側も、どちらにおいても、自分の都合の良い方に仕組みを作りたい、使いたい状況…では、互いに牽制し合うのは当然。

しっかりと、本気で双方が歩み寄るつもりでないと、解決できないだろうなぁ。


そういう議論は、「余裕がある時に」にすることが多くて、というかそう言うシチュエーションでこそ出来るもので。…と考えれば考えるほど、今からそちらにシフトする可能性が、どんどんと先細って見える。orz