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前提が狂いだしていませんか

日本では、たとえ都会に住もうが地方に住もうが、基本的には居住地域での自治会という組織から逃れられない。いやだなぁ、めんどくさいなぁと思いながらも、そうした、住んでいる地域縛りのコミュニティにおいての関係性は、案外重要かつ安全に直結していたりする。なので、そのコミュニティの団結が強い地域では、めんどくさいのと引き換えに治安が良かったり、住みやすい街だったり。逆に、コミュニティがそもそも機能していないに等しい地域では、めんどくさいことに巻き込まれない反面、すべてが他人であり、地域における連携や連帯感が欠けたりもする。

 

とは言え、昨今のこのような経済状態の中で、「自治会会合」に出席するだけでも一仕事。すでに単身世帯は増え、平日勤務の人だけではない事を考えると、会合を土日にしたところで参加できない人は当然出てくる。

また、複数人世帯だとしても、子供が小さいとか、もしくは夫婦共働きでしかもそれほど収入も安定していない非正規だったりすると、土日の呼び出しで仕事をしない事は収入に直結する。

結果、自治会というのは、完全にリタイヤした世帯か、富裕世帯、時間に自由が利く仕事の世帯というところが担わざるを得なくなる。

…だからと言って、そんなことを言い出すと、「そんなことを言うならうちだって…」と、皆が理由をつけられる事態になり、そもそも自治体自体が回らなくなる。

そう、ある程度各世帯に時間の事由が利く「専業主婦」に代表されるような存在があった時代?こそのこうした取り組み。自治体が効果的に稼動できる前提があったはず。

 

しかし、経済があまりに疲弊し、すべての人が就労することが前提の社会に近くなればなるほど、結果的にそれにより影響を受ける場所が出てきているのも事実。

 

別にこれ、「自治会」のみならず、学校のPTAの役割分担においても同じことが起きているだろう。

 

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ならいっそ、どうだろう、お金で解決してみては。いや私とて、なんでも「金」で解決したいタイプではないのだが、実質的に回らないのならそれも一つの手として考える時期に来ているのではないかと考えてみた。

例えば自治会役員への選出の場合、本当に仕事を失いかねないような時にはお金、具体的には「自治会費増額」で対処する。

費用対効果と集まるお金のバランスを考えて設定する必要はあるけれど、たとえばそれで1000万円分/年で集まるならば、そうした自治会サービス事業者に委託するのも一つの手だ。

 

もちろん、当然のごとく「自治会」の意味を考える必要がある。何のためにそれが存在し、機能してきたのか。それが「お金」で解決できるところはお金でしてはどうか?という案に過ぎない。なので、「そもそも、同じ地区の中での、人と人とのコミュニケーション促進」という効果に関しては、当然「お金」では解決できないところになるだろう。

 

だからその活動に何を期待し、何を求め、そのためにどんな人々を集め、どんな時間を生み出すのか。
そもそも、「社会」が、市井の人々の「時間」を労働に投入せざるを得ない時代がい近づいてきている今、それこそ「今までの慣習だから」とか「今年からずるい」といった短絡的考えを脱して、地域が、社会が、より良い方向に動くことを「真剣に考える」時が来ている気がする。

状況前提が崩れ出している今、本質を見据えた上で、お金という手段も考慮してみませんか?