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それは今だけ

正しさ、正しい、これ「のみ」がまかり通るとどうなるか?

それはたぶん「正しくない」と分別された側との戦いや争いになるのは当然の事。

 

これはその「正しくない」と判断された側も、たぶん間違いなく同じ意識を持っている。自分たちが正しく、相手が正しくない…という双方共に抱いているであろう思い。

結局戦いや争いは、「正しいと思う者同士のぶつかり合い」でしかない。だからそこには、互いに思う「正しさ」のみが存在しており、逆から言えば、互いに思う「正しくなさ」を是正するための闘い。

 

だからこそ、「正しさだけ」で争ってはいけない。「自分たちとの違い」として受け入れるしかない部分も出てくる。

正面からぶつかるのではなく、違いは違いとして理解し、それぞれ歩み寄って双方痛み分け、「落とし所」を探る他、今のように狭い世の中においては、無駄に争わないための道はたぶんない。

 

けれど、特に最近のネット界隈は、そうした「正しさ、が大手を振ってまかり通る」事のみが「通りの真ん中を爆走」している感じがする。唯一絶対の価値感に統一され、それ以外が蹴散らされているように感じるのは私だけだろうか。

違いの大小はあれ、とにかく違うんだよ、全部。それをどのように落とし込むかに力を注がないと。

 

逆にみんなが「全く同じ」ならどんなにつまらない世の中になる事か、考えたことありますか?ただただ正しい集団で、全員全く同じが面白いか?正しいか?何か生まれるのか?やっぱり違いがあるから面白いんでしょ。違いがあるから刺激があるんでは?

「これ」だけを信じているわけじゃなく、「変異したもの」が新しい何かを生み出す。今、そのあなたの立場から見ると正しくないかもしれないところから、価値が生まれる。違いこそが何かの価値。

そう、「今、正しい」と思っていることは、そんなのはすぐに古びて、いつかは「正しくない事」になる時も。

 

だから、「正しい」に惑わされてはいけない。それは「今、正しいように見える」だけなのだから。「今、正しくないもの」の違いを理解しなくては。