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背反要求

仕事現場では、効率をいかに上げるかという事が、口を酸っぱくして現場に叩き込まれる。究極は、違う事をやらず、無駄なことをやらず、全く同じ作業を全く無駄なく同じようにし続けることができれば、それこそが究極の無駄のない作業となりうるだろう。違う作業、他の作業が混じるからこそ、失敗もするし、考えて進めなければならなくもなるし。「考える」時点で反応は遅れている。もう反射的動作でやり続けることで出来上がる状況にすればするほど、効率化は究極の域にまで進めることができるだろう。

ただし、そうしてやり続けることで、究極の効率化はできても、たぶん、それによる付加価値や、刺激は、格段に下がる、と言うのは言うまでもない。

 

効率化へ、という対極に、付加価値はあげていかなければならない、というお題目もある。なぜならば、人は新しい価値を、刺激を求めるから。今までと同じというのは、違いを生まず、刺激レベルがどんどん下がり、刺激がないことが、価値を感じられない事になる。

要するに、ギャップがなければ、刺激にならず、刺激にならなければ価値は生まれない。

ただ、ギャップを生むという事は、それは当然、効率化とは反対の方向。

 

こう考えるだけでわかる通り、会社や仕事の中身において、「効率化」を考えなければならないところと、「差異化」を考えなければならないところが必ずあるという事。どちらも一緒に考えるという事は、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるようなもの。部署によって、人によって、仕事によって、どちらがより求められているのかをきちんと認識すること。場合によって、会社自体が場面場面でこれらをうまく使い分けていたりする(本質を突いて質問したりすると嫌われたりもしてさ)。

 

でも車で考えて見てごらんよ、ブレーキを急に踏んだり、アクセルを都度都度踏んだり、それが一番「燃費効率」悪い走り方でしょ?時にはどちらかを順調に踏んであげると効率の良い走りとなる。でも、一方だけだと意味がなくなることも。車も「ブレーキだけの車」や「アクセルだけの車」は成立しないでしょ?

いつブレーキをかけるか、いつアクセルをかけるか、それを現場任せにすると言うのは、それぞれの思いが混ざり合って効率悪そうだよね。それを統制するのがリーダーの、統率者の役割であり責務であり。背反するかに見える要求をどちらを優先するのかを決めるのが、あなたのお仕事なんですよ。