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大黒柱の数

都会なら、昨今は集合住宅に住んでいる人も多いことだろう。戸建ての家でも、今は柱中心ではなく、壁で家を支える工法などもある。

 

昔の家は、家の中心に一本の大黒柱が存在し、それを中心にして家が成り立っていた。太くまず折れることのない柱がすべての重さを支え、家として成立する。

 

これになぞらえて、家庭の経済を支える「お父さん」を、「一家の大黒柱」という事がある。ただ昨今はと言うと、「大黒柱」が大黒柱たる大きな支えにならず、二本目の「お母さん」も働きに出ているダブルインカムの過程が増えているだろう。だが考えても見れば、そもそも一家の大黒柱」として、「夫」だけの収入で成り立つ時代というのはそれこそ、ここ100年程度ではないのか?それが未来永劫続くもの…と思い込むことが間違いなのかもしれない。

 

そう考えると、誤解を恐れず言うならば、専業主婦という形態自体が「過去の贅沢状態の維持」なのかもしれない。誰もが稼いでねという「一億総活躍社会」などというのはまさにそういう意味もあるのだろう(あのスローガン自体にもろ手を挙げて賛成、というわけではないのだが)。

そもそも「こういう事態に陥った」事自体を論じたいところもあるのだが、今日のところはそれはおいておくとして。夫と妻の両方が稼ぐダブルインカム。そうすることによって、「すべての世帯収入」を一人に負わせるわけでなく、万が一どちらかが働けなくなった際に、まったく収入がゼロになるのではなくどちらか一方が保ち続けるという選択肢ができる。言わば大黒柱が「二本」。

 

これ、べつに結婚していなくてもよいと思うのだ。昨今、都会においては単身世帯が非常に増えつつある。単身世帯においてさえ、「収入減を複数化する」ことは重要ではないのか。働き手は一人だが、収入源が複数。

たとえばそれが昔なら、土地持ちが家賃収入をあてにする、なんて手法や、兼業農家という形しかなかったかもしれない。が、いまやインターネットの時代。ブログやアフィリエイト、他にも昨今勢いのあるメルカリなども一つなのかもしれない(そうでないかもしれない。それは時間が結論を出してくれるだろうが)。株やFXもそうかもしれない。まさに、そうした「自分の、この会社での労働一本」ではない、何か、微々たるものでも、別筋を持っておくことができれば、万が一に備えることができるはず。

 

収入元を複数確保する。依存どころを単一にしない事。たぶんこれがこれからの時代の生き方の一つなのかもしれない。

 

…と認識した瞬間に、「労働をしてお金を稼ぐ」以外の「お金」にまつわる学習機会、意識付けがどこかで教育として整えられることこそが、この国の方向性を変えることにつながる気がしているんですけどね。

でもあまり、教育における「お金の学びの機会」って、聞いたことない気がするんですけど。

親?過去の教育で作られていることがほとんどの「親」に、そもそもお金教育を意識していなかったモノに教育の変化を期待する事自体が、スピード感にかけるんですけど。