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やれば得られるその裏に

やれば失うものは?

時間や金、体力。そしてそれを実行している時間に得られたかもしれなかった別なもの。

 

だから全てはバーター。何かを得るということは、そこで得られたかもしれない別なモノが得られない。同様に、失わなかったかもしれない、なにかを失うことでもある。

 

「やる事」における議論の多くは、「やる事で得られるモノ」と「やらない事で得られないモノ」だけに目を向けがちだ。だからこちらにも目を向ける事。

その上で、それによって「やって得られるモノと、やって失うモノ」と「やらなかったら得られたであろう別のモノと、やらなかったことによって失うであろうモノ」の間での差分を見てみること。

それでも別なことを得るものが多ければ、それはやるべき!

 

ネガティブ情報ばかりを評価する人もいれば、ポジティブ情報ばかりを評価する人も売る。やるにしてもやらないにしても、その両方でどちらもが存在する。

 

たとえば昨今話題の飲食店での喫煙話。

全飲食店が禁煙になるとすると、今喫煙を期待してその店に来ている喫煙者が逃げていくことばかりが取りざたされる。確かにそれはそうかもしれない、が、反対に、その決断によって、今まで来なかった吸わない人は新たに来ないのか?

 

もうこれに限らず、多くの事象を「その事のみ」でとらえることによって、今得られていないメリットやデメリットがあまりに近視眼的に判断されている事柄が多すぎて。

違う言い方をするなら、判断を下すものは、近視眼的にしか見えていない者たちに「…という視点が抜けている」という視点を与えることも、立場にとっては必要なこともある。が、それをできていない人、リーダー、多くありませんか?

 

こう考えると、やっぱりリーダー教育や育成という視点が、今まで以上に必要な視点として出てきているんじゃないかなと。

「クローントルーパー」を底上げしたとしても、組織はそうそう強くならない。ましてや、今の日本は人口減少期に入ってしまっているのだから、「底上げ」も多少必要だが、「優秀な人材」、トップを育てる教育こそ急務なのではないだろうか?