RPGの世界

すでにドラゴンクエストが日本で遊ばれてから30年以上。それ以前にはほとんど認知されていなかったRPGという世界が、いまでは当たり前のように語られる世界になった。

 

わざわざ言うまでもないけれど、こうしたRPGはドラゴンクエストに限らず、最初は簡単な装備、簡単な武器を手に、雑魚を倒しながら強くなる。強くなることでお金を稼ぎ、経験値を稼ぎ、それで装備をアップグレードし、武器をアップグレードしていく。

最初のころは、武器もたいした痛手を与えられないちゃちな物だが、モンスターも雑魚がほとんど。だから、何とかやっつけられる。だが経験値を積んで来ると、そんな雑魚だけを相手にしていては成長できなくなってくる。そう、成長のためには、経験値が加速度的に増加する仕組みになっている。だから雑魚だけを相手にしているわけにはいかず、より強い相手、より強い装備に付け替えながら、意味成長しながらゲームを進めていく。ある意味当たり前のシステム。

 

このドラゴンクエストが、事実上「バブル期」に市場に産み落とされ人気になったというのも興味深い。劇的な現実世界のインフレと、ゲーム世界のインフレとが自然に理解されたのかもしれない。

 

今でもRPGはドラゴンクエスト以外にも存在している。遊ばれている。基本は成長インフレシステム。

それとは対照的に、ここ20年ほど現実の日本経済においては、インフレすら起きず、むしろデフレ傾向に陥っていた。ドラゴンクエスト的に言うなら、「わざわざ戦いに出ずとも、手持ちの武器の戦闘力が相対的に上がる」事でもあり、「身近なスライムを倒し続けているだけでなりたつ」ゲームになるという事。

そんなゲームがもしも実在したとして、さてやって見て楽しのか?黙っていても成長するゲームは面白いのか?世界がインフレしないゲームって何?ってことだろう。

 

しかし、インフレしない「現実」がここ20年続いた。ゲームで言うと、売れないゲームが20年続いたことになる。物価が上がらないのをいいことに、給料も上がらない。

その為、周りがインフレ化しないなら、「自分側」がコストを下げる、効率を上げることで、相対的に「インフレ化させよう」としている現在があるけど…?でもそれも限界。無限に効率など上がるわけはない。

 

たぶんこれまでは、(そして多分これからもその価値のほとんどは)お金を基準に判断されてきた。けれどすでにインフレが望めないとするなら、お金基準以外での楽しさ、嬉しさ、喜びを探して共通基準として行く以外にないのではないだろうか?

 

それは今日言って明日答えが出るとは思わない。もしかしたらこれから30年から50年ぐらい混沌の時代が続くのかもしれない。それは新しい基準、お金以外の共通の物差しを求めて、世界が悩み、混乱する時代になるのかもしれない。勇者の戦いは続く。

 

しかしこうも思う。それを探している時間は、確かに混乱も呼ぶだろうけれど、世界として、社会として、実は後から振り返ると楽しい時代なのかもしれないと。新しいことを探す、新しいことに挑む。何のリスクもなく、ずっとずっと安全に生きていけるという「安心な世界」もあるだろうけれど、そうではない「少しリスクのある、少し刺激のある世界」という中で、新しい基準を探して装備を整えて森へ海へ繰り出す。まさにRPGの世界のように。

 

 

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