理解と納得

あなたはどちらだろうか?

理解さえできれば自分の行動につなげられるか?

それとも納得が必要か?

 

理解と納得は、重なっているところもありそうだが、微妙な違いがある。

こう考えるといいかもしれない。

a) 「理解はするけれど納得はいっていない」ということと。

b) 「理解できないが納得する」ということと。

 

a)は、事象としてはあり得る。現実社会においての事象は、これが大半ではないか?

b)は、私個人としてはあり得ない。理屈もわからずに納得できるものは無い。

だからc)として

c) 「理解し、納得する」ことが重要になる。

 

a)とc)の違いはなんだろうか?

a)はとりあえず理解はしている。だからこそ、行動をとることはできる。納得していない事により疑問は感じながらも、理屈は分かるので行動にはつながる。

だが、c)ならば。こちらは理解し、納得しているがゆえに、ただ行動につながるだけではなく、納得いくポイントに向けて工夫が生じる可能性がある。疑問な点がないため、自ら改善点を見出すことで、効率を上げることができるからだ。

 

理解できれば仕組みが分かり、それにより抽象的概念としてとらえ、普遍的知識が得られることになる。

納得できれば現状が分かり、それにより理屈ではない、この現場に応じた情報や知識が得られる。

これら二つの、ある意味の理想と現実をいかに融合させることができるか。特に応用が利かないというのは、理解できていない、仕組みが分かっていないという事。ほんらいこうした理解の訓練こそ、できれば中学、少なくとも高校あたりから身につけさせたいもののはず。だが、そうした意識を持っている人は、生徒も先生も含め、どのくらいいらっしゃるのだろうか?

 

 

やはり、意識の高い、そしてスキルの高い教育者との出会いという偶然、運は、人生に大きな影響を与える気がしている。