減らすという選択肢
どうやら昨今の労働者の未来像は、とてつもなく暗い未来予測しか聞こえてこない。
一部の金持ちを除き、たいていは預金などが足りず、死ぬまで働き続けなければならない未来が「計算」されているという。働き続けなければならない未来。
ただ、これまでにすでにリタイヤした人からは、こういう声も聞こえる。
退職したものの、やることがない。何かやることが欲しい。
まぁいわばどちらも、ないものねだりに聞こえなくはないけれど、こう考えてみてはどうだろう?
そもそも「今の働き方」が、相当ヘビーになっていないか?ということ。だから、いわゆる60代、リタイア世代になった時にも、その同じ働き方をイメージしていたりするかもしれないが、そこを変えて。
逆に言えば、60代でリタイヤしたら、もうすべてを手放すというのではなく、少しだけ仕事を残しておくことはできないか?という考え方。
そう、「やめる」となった瞬間に、今までの「100」を「0」にするイメージでとらえがちだったのでは。けれどそれをやめて「100」を、たとえば「20」に落とすこと。例えばこれなら、今まで週に5日働いていたところを、1日にするということになる。月に30万の給与が6万以下程度でもあり続けるけれど、働く未来。これはこれでありでは?
もちろん、これは働く側だけでできることではないため、相互に調整が必要になるだろう。でも、すでに「人員不足」が明らかに見えてきている現在。優秀な人材が、「年齢」だけを閾値にして、ハイさようなら!は実際もったいないでしょ?本当に辞めさせたいの?実はしくみがないだけでは?そう言う仕組みを作った、運営する会社が、認められる、人気になる時代があってもいいはずでは?
そうした会社の仕組み、働き方を提案してくる会社から、社会は変わっていきそう。そう、だってデジタル化、離れた形で仕事ができる仕組みが、これだけ技術的に準備されつつあるのだから。