変えるのは一つ

困ったとき、何かに挑むとき、ブレークスルーしたいとき…。様々な時において、人は何かを変えていこうと考える。

人生に躓いたら、場所を変える人もいる。住んでいるところを変え、周りの環境を変え、新たな中で新たな関係性を構築していく。そこまで大きく変えずとも、ちょっとした長旅に出る人もいるだろう。

 

こうした変化を求めるときに、「一気に様々なものを変化させる」人もいれば、「一つだけ変える」人もいる。たとえば上記で言うと、住む場所を変えることで、でも事実上言葉も、習慣も、周りの人も変えてしまう。もちろんそれはそれで大きな変化が見込まれて、自分の境遇を変わることはできるだろうけれど、必ずしもうまく変われる…とは限らないリスクをしょっている。

それに対して、変化を求めるものの、「何か一つだけ」を変える人もいる。たとえば旅行。新しい旅先に行くと、「何か新しい事をしよう」とするのではなく、いつもの同じ日常を、「新しい場所で」過ごしてみる。そうしていつもと同じこと、いつもと同じ行動をしてみるけれど、周りが違うことで、何か違う変化が生まれる。

 

どちらが良いか悪いか、などというつもりはない。だが、私は後者が好きだ。変えるものはあるのだけれど、それを極力限定する。一つだけ変える。変化させるのは少なくする。そうすることで、その変えたことの意味がより鮮明になる。変えたことによる変化の作用するところが、明確に感じられる。

一度にいくつも変えてしまうと、それぞれの効果がお互いに相殺し合って、変化がない世界が訪れることもある昨今。ましてや、刺激要因の多い毎日の中で、何がどれだけ効果をもたらすのか。小さなことでも大きな変化を生むことだってある。

 

そう、だから私の場合は、変更点は小さくていい。でも、それによる変化は、時に大きく見えてくることがある。これは好みの問題かもしれないけどね。