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どうやら今回の選挙の争点の一つに、「年金問題」が取り上げられそうな雰囲気だが。
そもそも2000万円という「数字」が独り歩きし始めているところに、大きな疑問を感じるのだ。

 

まず前提として、これまでに年金受け取りをスタートしてきた人たちも、その多くが「年金だけの暮らしで、旅行や娯楽も含めて安泰だ」とおもって過ごしてきた人たちはまずいないはずではないのか。なのになぜ、今回に限ってこうなのだろうか?

その一つというか、たぶん最大の要因が、「現状受給されている世代は、得する世代」という刷り込みではないだろうか?
現在の日本の年金システムは、「賦課方式」と呼ばれており、現在の現役世代から徴収された税金の一部を、現在の年金生活者に配分しているという方式になっている。
今の日本の年金システムはそうなっていないが、もう一つの方式として、「積立方式」という仕組みもある。これは、自分が老後に受け取るべき年金を自分でため込み、それを財源として支払いをするやり方だ。

どちらもメリット・デメリットがある。そしてこれまで語られてきたある意味大きなメリットが、「現状の給付を受けている世代は、払い込んだ年金保険料の数倍のレベルの年金給付を受けている」という事。これは純粋な積立方式ではありえないだろう。

さらに、賦課方式のメリットは、「仕組みしては、若者がいなくならない限り破綻しない」ということ。もちろんこれは「仕組みとして」破綻しないだけで、それによって「十分な年金配分が確保できる」という意味ではないところがポイントだろう。

 

そして今、その「十分な配分」というところに焦点が当てられている状況。

だが、落ち着いて考えてみよう。そもそも計算の根本が、65歳で引退してから90歳や95歳までの25年、もしくは30年間の間に、ずっと年金が受けられるとするなら…という前提で計算されている。この25年に受け取れる年金はというと、いわゆる厚生年金給付を受ける予定のサラリーマン引退世帯として考えてみると、ざっと年額200万円として、25年で5000万、30年で6000万円。それにたいしての今回の発表は、「平均値で」だいたい2000万円くらい足りないぞ、という発表だったという事。

これに文句を言うという事は、引退した後に、5000+2000万円である7000万円、もしくは6000万円+の計8000万円を、「どの高齢世帯にもばらまいてくれ」という事を訴えていることに。


そこで問いたい。その人たちは、労働者時代に、いくら収めてきたのだろうか?そもそも2000万、3000万を収めてきていたとしても、5000万、6000万もらえる前提自体が未来永劫担保できるわけはないでしょう?システム自体が破綻している。

2000万円用意できていなかったとしても、それでも、昔なら「払い込んだのと同等くらい」と言われていた部分が、実は平均余命が伸びていることによって、少なくとも今の50代くらいまでは、年金はもらい得になりつつあるということ。裏を返せば、それは若者から搾り取りすぎていないかという事。

 

既得権者は、自分の権利だけはしっかりと主張し、決して譲らないのは人でも国でも同じこと。でもそうすることで、少なくともこの国の未来、若者の未来を、搾取しているという事。