ニッチなマーケット

野菜を買いたいなら、昔なら八百屋に、今ならスーパーに行くだろう。店が近いからと言って隣の金物屋に行き、野菜を置いていないかと聞く人はいない。

ケーキを買いたければケーキ屋に行く。文房具を買いたければ、文房具屋か、今なら近くのコンビニかもしれない。

 

当たり前のことだけれど、「それがそこにあるのが当たり前なのだ」という情報を、どこかで仕入れることができていたから/そのように教育される機会や体験があったから、そこに向かっているはず。

そうしてそれぞれがどのように分類され、社会において扱われているかが見えてくる。

となると、今まで購入したことはないようなものでも、それに関連する商品を扱っていそうなお店から想像し、そこで扱っている“のではないか”という推測がたてられるようにもなってくる。

 

しかし、そこに置いてあればあるのだけれど、そもそも置いていない商品だってある。すべての専門店が、すべての専門対象商品を“必ず”扱っているとは限らない。たとえば地域限定の商品。すべての八百屋やスーパーが、全世界のすべての野菜を取り扱っているわけじゃない。どこか外国のごく一部でしか取れないような野菜が、日本全国のスーパーすべてに並んでいるはずはない。

また、季節による供給制限だってある。今でこそハウス栽培などで季節感が失われつつある野菜だけれど、それでも旬の季節には多く出回り、季節を外すと扱われない時期だってあるかもしれない。

 

 

 

“あるスキルを生かしたい”と考えている人の仕事探しは、上記と似たようなところがある気がしている。すべての会社で“そのスキルを生かした仕事”の需要があるわけでもないし、技術的な旬というものがある場合もある。

そしてそれは、野菜ほど明確に、扱っているお店が明確でないこと、単なる技術の名前だけでは仕事内容がとらえにくいということもある。

 

となれば、究極的には会うしかない。会って話をしてみる、何が求められているのかを直接聞いてみるしかない。

 

高級料理店のシェフが、全国の生産農家を足で一つ一つ探して、自分の思い描いた食材を見つけるように何軒も当ってみて、何軒もハズレを繰り返して、そうしてついに思い描いた逸品を見つける。

 

見つからないのが当たり前、はずれているのが当たり前。

会ってみるところがスタート。

実は、自分が思いも描いていなかった「店」が、それを取り扱っていたりもするかもしれない。知らないことはまだ、たっぷりある。生きていれば、常に新しいことが学べる。

 

 

(goo辞書より)

niche:

1(人・物に)適した地位, 適所(for, in ...).

2 壁がん:像・花瓶などを置くための壁などのくぼみ.

3 ニッチ, 市場のすき間