救命胴衣はいつも

それ以前の時代においては、他社がまねできない方式を持つその装置は、一つのステイタスとして君臨し、業界を十分にひっぱり、大きな付加価値を生み出していた。

ところがデバイスが切り替わることで、まずその生産設備自体が不要なお荷物になり始めた。全く新しい、それまでとは違う装置であったため、それなりの研究はしていたものの、ある意味二重投資である部分もあり、世界を引っ張るほどの大きな成果を生み出すには程遠かった。いわば他社並み、さほどアドバンテージもないが、不利点もない、コスト競争にもろに巻き込まれることが大前提のデバイスだった。

 

そんな世界だから当然激烈な価格競争に巻き込まれる。当初は一台で何十万も稼ぎだしていたその装置が、あれよあれよという間に価格は下落する。

そうなると、それまで抱えていた開発規模を維持するのは、当然難しくなる。いきなり売り上げが1/10にまで小さくなれば、何年かは持ちこたえたとしても、開発規模を縮小せざるを得なくなる。

それ専業でなくとも、他での儲けをその補てんに回し続けていては、会社としてはおかしくもなる。アンバランスな体のメンテナンスは、アンバランスな体型を生み出し、アンバランスな組織を回しだす。

 

それまでとは違う雰囲気、それまでとは違う発言、そうしたちょっとした言動や行動が、少しずつ組織をむしばみ始める。

なぜそう変わってしまったのか?それはその企業が変わってしまったというよりも、その企業を取り巻く周りがそう変わってきたのだから、変わらざるを得なかったのだということだろう。ただし、その周りの変化に同調して変わっていくことが可能であったとするなら、組織として受ける相対速度は0となり、結果的にはなにも変わらずに運営が続いていたかもしれない。要はその速度差が大きくなりすぎたということ。

 

それは方向なのかもしれない。速度差なのかもしれない。それほど時代の流れについていく、同じ方向に、同じ速度で変化し続けることは難しい。

そんな中で、個人のキャリアプランをもコントロールし続けるなんてのは、当然難しくなる。自分の意思と同じ方向を向いていない船に乗り続けるのか、いったん下船するのか、そいつはかなりの勇気が試される。

降りるタイミングは港についている時ばかりとは限らない。時には大海原のど真ん中で、放り出されることもあるのだから。