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長時間労働が悪い…

相変わらず、あちこちの仕事場において長時間労働が蔓延している様子。とは言え上場企業あたりからは、ノー残業デーが強制的に実施されることも増えてきた。行く行くは週休3日を目指す企業なんてのも出てきていて、面白い。

 

ノー残業デー。皆さん提示には帰りましょうね…というおふれなわけで、それを徹底するために管理職は職場を回って電気を消して回ったり…と、これまたそれまでにはなかった作業が始まったり。

一律に帰らないと帰れない、といった悪癖があるからこそ、みんなで帰りましょう的キャンペーンが張られ、帰そうとする(のは日本だけかもね)。でも現場からは、「結局明日までの仕事はやらなきゃいけないわけで、会社でやるか持ち帰りになるかの違いだよ」なんて悪態(笑)も。

 

そうでしょ、そうして一時的に「頑張らねばならない瞬間」があることは事実でしょ。それを、みんなが「一律に」そうしなければならない、ということ自体がおかしいということ。

もっと言えば、長時間労働自体が悪いということではなく、「長時間かけて働くべき価値のない仕事にまで長時間をかけて対処していること」が悪いはずなのだ。

 

けれどみんな根本のところで、それが「長時間かけてすべき仕事かどうか」の判断を避けていないか?自分で判断できなくなっていないか?だからこそ周りの目を気にして、周りが帰るから私も、とか、逆に周りがまだ帰っていないから私ももう少し…といった、「自分で判断することを避けている」ということ。

 

無駄時間を使う必要はない、価値の低い仕事に長時間をかけるべきではない。だからこそ、そんな仕事の時には早く切り上げる。それは、本当に価値のある事、ここで頑張らねばならないその時に頑張れるように。

それを、一律に帰りましょうだとか、ノー残業デーだとかいう形でしか実施できない事を問題視すべきではないのか?

 

そのためには、それは「時間をかけるべき仕事なのか?」を判断する必要があり、そしてそれは、「Aさんはそう思う」「Bさんはそう思わない」といった主観に任せていては組織がボロボロに崩壊するのは間違いない。そのためにも基準を設けたり、判断する者/判断の責任を取る者を決めたり。

そうした責任をたらい回しにしたり、その責任の重さを軽んじたりすることこそが悪。そういう人の価値をきちんと評価し、そういう立場になってほしい人に、これからの人を任せるべきで。