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大人になるということ

普段はついやってしまうちょっとしたズルやチートも、子供の前では辞めとくか、という人は少なくないだろう。知人の子供の前では、甥っ子姪っ子の前では、ましてや自分の子供の前では。

 

でも、そう言う意識を持たない大人もいなくはないだろう。子供は子供。俺がやりたいことは俺がやりたいようにやる。

こういう大人に育てられた子供は、なんだ、自分勝手にすればいいんだと勘違いしたりする。周りにルールはあるだろうけれど、それがやりにくいと思ったらそれは無視すればいい。自分が都合がよければそれでいいんだ、と。

 

単なる市井の一市民であればそれでもかまわない。が、それが国を統治する組織や、国を代表する組織においてそのようなことを「堂々と」やられてしまうと、おいおいそれで大丈夫か?となるのも当然。法律も何もあったものではなく、自分たちの都合のいい解釈で進めばよいことになる。ひいては地域も、国も、秩序を保てなくなり、究極的には非常に荒れた、効率化とは真逆の方向へと進み始めるのは想像に難くない。

 

そもそも新しいことを生み出せず、価値の創造、付加価値追加の停滞、それによる経済の停滞、そしてなんとか成長しなければならないというプレッシャーの中での過剰残業、ブラック企業の台頭など、悪いスパイラルにからめとられていきつつある現在。

今までの延長線上でのアイデアではかなり無理があり。でも、今までの資産をすべて無視した施策では受け入れられないという事実もあり。

 

今までの仕事の多くが、ロボットやAIに乗り換えられるようになることが見えつつある現在。それによって得られた利潤が、ほとんど「資本家」にのみ再配分されるという現状。そろそろ旧来だけの社会形態から、次の形態に変化する時期なんだろう。社会という「生物」も。