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「質より量」が目指すもの

大量に作って品質が悪いものははじけばいい。歩留まりは下がるが、それを見越してでも「タマ数」がそろうことが大事。そういう考え方もある。

(我々が求めるほどの高いレベルの)質なんかどうでもいいんだ。そもそもこの程度の「モノ」に、そんな高い質など求められていない。だから一気に大量に導入できることで勝負する。そういう考え方もある。

他方、量は追えない。だから、一つ一つ手作りで、丁寧に作っていくしかない。家内制手工業などで対応せざるを得ない状況はまさに、こちらにあたる。量より質の典型だろう。

 

ただ上記に共通しているのは、どれも「モノ」を作り出す際に言われる話が多数。
「モノ」ではない場合において、一般的に生み出すことにコストがあまりかからない場合において「質より量」を求める場合。それは、「質」を求めるがための「質より量」。なぜならば、一つ一つの質にこだわって見たところで、そもそも、作り出すことのコストは気にする必要はない。であるなら、よりより質を、大量の中から選び出して、より良い質を目指したい。まさに、「アイデア」や「創造」を求める際にはこちら。

ただしこうして求められた「アイデア」は、より質を高いものを選び出したうえで、そのあとに磨き続ける必要がある。一つ選べばハイ終了、ではない。

 

いろんないい考え方、フレームワーク、行動はできていても、それがつながらない場面が多い。野球でも、一つのヒットで変わるのではなく、ヒットがいくつかつながるからこそ「点数」に。
つないでいかなくちゃいけない。小さい成功を、ひとつずつ。