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育てる人の心意気

仕事上、各社の人事担当者とお会いする機会も多いのだが、これがまた非常に面白く、カラーを表しているというか、その人の心意気や洞察の深さが垣間見えるのが非常に面白い。

さらにそれにとどまらず、そんな素晴らしい担当者がいる会社の社員の方々は、得てして積極的であり、今時の事だから厳しいお仕事の環境の下にいるであろうことは想像に難くないのだが、みなさん、明るく、人間的にもコミュニケーションに長けた人が多い傾向がみられるのもおもしろい。

 

私が新入社員のころ、先輩に様々な場面で言われた。「考えろ」と。

そんなの考えてますよ、当たり前じゃないですか、考えてやってるんです…。と反論したところで、

「じゃあこんな場合は?こんな時は、こうなったらどうする?これにしてみたら?」…と、矢継ぎ早に質問されると、半分は確かに考えていても、残りの半分は自分の頭には浮かべていなかったものであることが多く。なにを考えるべきかが考えられているかも勝負のうち。

 

なので考えるためには、一つは経験がものをいう。豊富な経験があれば、「あの時にはこうだったから」と想定の幅が広がる。がそれと同時に、さまざまな状況をどこまで「想像」できるか?こんなことになりうる、こんな状況は起こりうるという、可能性の高い状況がどこまで想像できるか?

 

突拍子もないものを考えても仕方がない。が、では可能性の高いことが想像できるためには?と振り返ると、それは現状をより詳しく理解している必要がある。「今こうだから、この可能性…」が考えられるのであり、「こういう理屈だから、とするとここはこれもあり得る」ということが想像できる。

だから、考えるという事は現状を正しく理解する事から始目ざるを得ず、ぼーっと言われた作業をするだけでは何も見えていないことがほとんど。であるからこそ、考える必要もないし、考えられないし。

 

育てようとする人は、そこをついてくる。

考えるために必要な前提や、質問を投げかける。「それを考える」ために何がなければいけないかを「考えさせる」。

過保護?という人もいるけれど、それだけ複雑な環境があるのも事実。だから、少しのサジェスチョンで理解できる人もいれば、まったく明後日の方向に走り出す人もいる。それをどこまでケアできるのか?ケアする気があるのか?

 

そんな担当者と未来を作っていくのは楽しい仕事の一つ。

また来年も、そんな仕事ができるといいな。なかなかいい人は少ないんだけどね。