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質問するために

何か質問は?

会議でも、講義でも、学校の授業でも、ここで「質問」するのはとても重要なこと。

その「質問」にも何種類かあるのだが…

 

a)そこで説明された内容の中に、明らかに「含まれている」ことそのものを繰り返し聞くようでは、そもそも「それ、あんたが聞いてなかったからだろう」という内容。今一度繰り返し説明して終了だ。きちんと聞いていれば済んだ内容。時間の無駄でもある。これは質問の質として高くない。

 

b)その場で説明されはしたが、もう少し深堀りしたい内容を聞きたいという質問。それは「その内容」をしっかりと聞いていなければできない事。それも、その核となる内容に迫る深堀り部分であればあるほどに価値がある。良い質問の部類。

 

c)そこで説明されたが、今一つ理解や展開が追い付かなかったところ。これも「聞き逃していた」り、「全体の構造」として説明されていれば、聞いたところでそれは聞き逃し部分。なので、本当に意味のある質問にするためには、しっかり聞かなければならない。

 

…と、どれも「聴く」があった上での「質問」。

要するに、「質問しなさいね」というためには、良く「聴く」前提がなくてはほぼ存在し得ない。さらに「聴く」前提には、「集中」が必要。何かが始まったら、いかに短時間でそれに「集中」できるか?が実はとても大きな力。

 

ただ間違ってはいけないのは、いくら集中して理解しようとしても、その場で理解できない事もある。けれど「集中して聴いたうえでも理解できなかった事」は、何も恥じることはない。堂々と質問しようではないか。それは聴いていなくて質問するものとはレベルが違うもの。

だが、「集中せずに聴き逃し、結果、情報のピースが(提供されていたにもかかわらず)そろえられずに理解できなかった」は、それはほぼ自分の責任でもある。

とは言え、それだけ集中する事がなかなかできないというのが、私を含めた凡人なのだが。特に最近、スマホをはじめとして、すぐに気もそぞろ。集中できない環境、なんとか自分に気を引こうという環境があちこちに。

 

たまに、そういう状況下でも「集中させる」ほどに、講義する人、先生、演者がいる。話がうまく、狡猾で興味を引くように構成され、人をひきつける力を持つ人がいる。これがプロ中のプロだろうな。