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「控える」選択肢

一般的に「控える」ことは、「慎ましさ」ととらえられるかもしれない。

ただしそれは「その人」による。

 

日ごろからの行いがつつましやかであり、そうして控えることにより他の誰かを擁護したり、攻撃の手から守ったりというのは、たしかにつつましい。

 

それに比較して、そもそも「控える」ことで、他人ではなく自分や自分たちを擁護したり守ったりするのは「慎ましさ」ではなく「自らを守る保守的行為」だ。さらに言えば、本来「明らかにすることを拒否できない立場」であるにもかかわらず、明らかにすることを「控える」という言葉で「拒否」を表すことで、だまされていることはないのか。

 

すでに、「安全な就職先」として有名な「公務員」だが、これは「公僕」という役目があり、彼らは市民からの税金で成り立っているものであり、おおむね「拒否(控える)」する立場にはないはずだ。
ただし昨今は、さらに大きな秘密保護法などという事で、組織自体を守らんが為に非公開事項をさまざまに設定して公開を阻もうとしているところさえうかがえる。

すでに、僕(しもべ)側における黙秘権が発動されている…ととらえるべきか。