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決断は、価値、お金である。

リーダーが何をしているのか?どんな価値を生み出しているのか?ということがなかなかわからない人たちがいる。組織により会社により、それぞれに与えられている権限などに微妙な違いはあるものの、彼らリーダーが生み出しているのは、方向性の決定や、方法の選択、決断など、「何かを決める事」。そう「決断する」ことで価値を生み出している。

 

考えて見よう。目の前にある問題があり、その解法がAとBとして存在する時。そのどちらにするのが良いだろうか?明らかにAの方が、技術的、コスト的、スケジュール的などにおいて優位性があるのであれば、間違いなくそちらを選べばよい。こういう場合の決断は「楽」なのだ。が、たいていの決断においてはそうではない。AにはAのメリットがあると同時にデメリットがあり、BにはAにはないメリットがあるが、また別のデメリットも存在する。こんな時、Aを選ぶべきか?Bにすべきか?

 

これを「議論、検討し続ける事」自体もコストだ。どちらかに決定できない事で、無為に過ぎていく時間、その時間で解決できたかもしれないコストを使いつつ決断を先延ばしにする。

「会議」はコストでできている。だからそこで決断する会議にせよしない会議にせよ、皆で集まる「会議」は相当のコストだ。乱暴な言い方をすれば、そこに集まるそれぞれの「時間単価」分だけコストを支払っている時間だと考えればいいだろう。ちょっとした会議などでさえ、3万、5万と「人が時間を使う事」にかかっている費用は結構なものだ。

 

こういう人もいる。「今の情報ではAかBかどちらかに判断するには情報が足りない。さらにこういう情報を収集して、次回に決断したい。」
言うまでもないが、こうして先送りすることこそが相当なコストだ。さらに追加の作業まで発生することで、この時間で仕事が増えていたりもする。

 

とは言え、できるだけ正しい情報をより多く集めることで、より成功確率の高い判断を下したい。それがリーダーだ。ただし昨今はと言うと、利害関係者があまりに複雑に絡み合っていることから、こちらの関係者にとってはメリットでも、別の関係者にとってはデメリットという場合もあり、決断することが非常に難しい。

 

しかし、リーダーは「素早い決断を下すための策を打つ」と同時に「その決断の責任を持つこと」が仕事だ。だからその決断によってその後に動く何十、何百人の今後の作業、動作、すべてを決めてしまう。自分一人がそれで動くのではなく、何人も何十人もがその方向に動く。それが結果的に正しい方向か、間違った方向に行くのか、その影響の大きさを考えれば、「その決断が生み出す価値」は想像に難くないだろう。

 

だから、決定を覆すというのは相当な話なのだ。前回その決定になる際に、「あなたが情報を出さなかったからあなたの思う方向に動かなかった。なので、やっぱり変えてほしいと直訴する」こと自体がコストをかけていることを意識すべきなのだ。

 

決めるなら決めるで100%の解など無い。だからどこかに必ず不満は残る。それを事前や事後に説得するのもリーダーの仕事だったりする。

 

そしてたいてい、昨今の仕事は玉突き状態。何かを再結団しようとした瞬間に、それにまつわり、あちらの仕事、こちらの仕事に影響が出始める。決断されない事で、「そうなる」前提で動き出す周囲と、「そうならない」前提で動き出す周囲があって、時間が経てば経つほど身動きが取りづらくなる。

「決断」は、情報のみならず、時間との勝負。だからできるだけ短い時間で情報を集め、もしくは集まっていない情報を見極めて追加して集める指示を出し、そしてそれら情報を基に正しく判断できる人が重要になる。

その決断によって、何百、何千の人が動くこともある。場合によっては国だって動く。

 

だからこそ、リーダーの仕事は大変だということ。

全方向に向けて笑顔を振りまくことは、まずできない。