今は見なくなった(変わっていく)

そもそも昔のアイドルは、若くしてデビューしているものがほとんど。であるから十年以上たっても現役でいることをもってして、古いという感覚にならない同世代の人たちもたくさんいる場合があって、そんな人が「もうデビュー〇周年なんです」というのを驚きをもって迎える人も少なくない。

 

宇多田ヒカルもそんな一人。宇多田ヒカル名義でAutomaticがリリースされて、もう20年になる現在。早い、早いよっ。

 

そんなAutomaticの中に出てくる単語、「受話器」だが、さて、今の高校生で、受話器と言われて、「あの受話器の形」を想像できる人、どのくらいいるのだろうか?

人によっては、「電話?それ、携帯の事?でしょ?」という人がいてもおかしくない状況。公衆電話も数が減り、昔で言う「家電(いえでん)」も、新規加入は減り続けているのではないだろうか。昔の「黒電話」という言葉をもってして、「あの昔の、黒い色の頑強な、NTT、ひいては電電公社時代の電話」を思い出せる人がどのくらいいることか。当たり前だが「黒歴史」の「黒」ではなく、ただしく「色の黒い電話」なのだが。

 

こうした商品やサービスはネットが発展することによりどんどん変わりつつあり、その意味ではこの20年は面白い時代、いや、メーカーにとっては激動の時代だったかもしれない。

ラジオも、放送電波で聞く装置としての意味付けもキープしながら、音質などを考えると、radikoという「通信」で聞く方法も普及し始めている。テレビも、放送ではなく、ネットの「通信」でお気に入りのストリーミングサービスに入っている人もいるだろう。

変わっていく。すべては技術発展に伴い、より便利に見えるほうへ。より楽に見えるほうへ。

ただしそれによる副作用だってもちろんあるわけで。昔の道具、昔のやり方にメリットがある場合だってあるのだ。別にすべてを残す必要はないけれど、どこかでもう一度、そのメリット、デメリットも検証したうえで、やはり発展させていくのか、いや、元に戻ったほうがいいのかは考えたほうがよくないですかね。

 

例えば、まだ電力に原子力は必要なのかな。あれだけの災害が起きるかもしれないリスクを、皆が「自分が被るとしたら」というリスクとして、受け入れる覚悟があるのかな?と。