それはギャップで決まる

物事の多くは、絶対値ではなくギャップで決まっていることが少なくない。

彼氏、彼女を選ぶときからしてそうだ。

あいつ、私とは合わない、やな奴。あいつ、俺には苦手なタイプだ。そう思っていたところが、ふと優しくされたり、思ってもいなかった一面を垣間見ることによって、コロッといく事例は、枚挙にいとまがない。

 

…ということを今更ここに書くまでもなく、皆さん実践しているだろう。

ちょっと褒められたところで、

「いやいや、今日はたまたまですよ。いつもこうじゃない。まぐれまぐれです。」

と、実力を低めに申告して、本当に良い時とのギャップが大きくなるようにしておくこと。

「おっ、さすが、やるじゃん」

とか小さな一言をかけられても、

「おいおぃ、ハードル上げないで下さいよぉ」

なんて答えるのも、ギャップを維持したいからだ。本当は多分超えられる。でも、『そのハードルを簡単に超えたんじゃ、そもそも価値がなくなってしまう。だから簡単に超えられる小さいものから、順番に超えていく。ギャップを何度も越えていくという演出をする』わけだ。

知ってる人なら知っている。ブブカ方式。

 

ずっと頑張り続けることは難しい。それに昨今は、頑張り続ける事、成果を出し続けることを強要され続ける。そうする間に、徐々に自分の出せる限界点に近づき、ギャップはいつしか小さくなる。

…その分野では。

 

だからもし、ギャップだけで行くとするなら、それが成立している間に、他の方向にも手を出して準備しておくしかない。一つ目がダメになったら二つ目で勝負。

 

誰もが一つの事において、その頂点を極められる、なんてのは夢でしかない。であるがゆえに、ギャップ戦略を取っている人が多い。それは現実に対する対処の仕方でもあるんだろう。