一線を引く

会社などで、「○○さん、これについて調べておいてくれないか。次の××というじぎょうについて判断ができるようにしてほしいんだ。」などと調査の仕事を頼まれたことのある方がいたとする。

もちろんこの「○○さん」の能力にもよるのだけれど、まぁそれなりに頑張って情報を集め、最近だとありがちな、パワーポイントの資料にしてきたとしよう。

そして当日、上司に向けて○○さんは発表をする。
「…と、現状は以上のようになっています。」

さてその上司は判断を下すか下さないのか?

まず、十中八九、足りない情報をさらに調査するようにと促されるのが常だろう。判断者が気になる情報はやはり欲しい。だからそれを追加してもらいたい。そしてその上で考えたいと考えているだろう。

だが、もしもそうして二回目に情報を集めたとしても、そこでまた新たな疑問が生まれないとも限らない。その情報は欲しくならないのか?

決断する者は、そうして自分の欲しい情報を集めてこさせる。が、必ずしもそれに合致する情報が、ばっちりと集まるとは限らない。
…が、そこで判断しなければならないのが「その人」の立場のはずなのだ。それでも判断しないというのなら、ならいつまで情報を集めるのか?どこまで集めれば判断に足りるのか?もしもそれが集まり切らなかったらどうするのか?という、別の判断基準を周りに伝えておかねばならないはず。
その一線が伝わっていなければ、明示されていなければ、集める方も、判断する方も、徒労に終わることが少なくない。

「いつになったら決定するんですか?」
「いつ決定するかを次に決定することにしたんだ!」

会議で大きな喧嘩をしたことを思い出した。