猪突猛進

バブル炸裂以降、すでに30年近くの年月が経ったにもかかわらず、日本の経済は少なくとも現場感覚では、ほとんど上向いていない雰囲気。

「いや、あの経済指標では良い数字が…」などと出ているところももちろんあるのは知っている。だが、すでにいくつかの経済指標において、繰り返し不正が発覚したり、発表を延期したりしていることからして、もう正直なところ、「大本営発表の数字」の信頼は地に落ちている状況。他の国のことを笑えない状況になっているのだから、ある意味何も信じられないに限りなく近づいている状況だ。(国の機能自体がヤバいかもね)

 

たぶん、バブル以前は「頑張れ、より良いものを少しでも安く…」を猪突猛進に実行していただけで、発展し、経済が潤っていた時代。…というのは、実は「そうして頑張った事」が要因の部分もあったと思うけれど、それ以上に影響した要因として「人口増加」のような別因子が強く寄与していただけだったりしたのではないか。

歴史にifはないのだけれど、もしかしてあの当時、人口増加の背景がなければ、日本などという国は、40年50年前から、発展は停滞していた可能性があるのではないかと疑わしい。

 

だが30年前の時点で、30年後の現在における人口減少の傾向は明らかに見えていた。にもかかわらず、年金に対する抜本的対策も打てず、逆に「100年安心」などといったまことしやかな「嘘」(そう、これだって発表当時からいったい信じていた人が何人いたことか…)でお茶を濁していた状況。なので、30年前の時点で、大きく経済的施策の舵を切っていれば、もしかすると今よりはまだいくらかましな世界になっていたのかもしれない。

 

要は、国民全体に20年30年後にこうあるべき、こうしたい、というありたい姿を提示できておらず、当然共有もできていない状況が続けば、それは組織として、国として、周りの戦略ある国々に翻弄されたり、独裁国の振る舞いに右往左往せざるを得ない状況にもなるだろう。(まぁ、だからと言って、首相に今以上に権力を集めよう…などというつもりは全くないのだが)

 

最悪なのは、どんな意見にせよ「議論すること自体を認めない」という風潮なり、日本の「空気」。これ自体がほぼ直接的に民主主義を否定している状況であるのは確実にもかかわらず…だ。何を考えているのだろうか?様々な考え、アイデアを「議論」するからこそ、少しずつ良い方向へ動いていけるのが民主主義の良い点なのに。議論できずにいるという事は、ただ恐れて立ち止まっているに近しい状況ではないのかと。

まぁ、「議論すること自体が不幸を招く…」という事を「言える」こと自体は、自由の国であるため、それをどうにかしようというつもりはない。ただし、「言ったら、議論したら、悪くなる」といった短絡思考はなんとかならないものだろうか。あまりにバカが増えることで、この国が貧してきているのは、悲しい事実に思えて仕方がない。