ダイヤルという概念

「チャンネル変えて!」

ご家庭でテレビを見ていて、子供に、配偶者に、こんなお願いを出したこと、一度くらいあるんじゃないだろうか。
昔もこう言った。が、こうも言った。
「チャンネル回して!」

そう、テレビのチャンネルは「回す」物だった。そうして受信すべき値を変え、放送波をとらえて映し出していた。いつしかそれら部品が安くなり、事前に設定された値を持った素子が複数搭載されることで、回す必要がなくなった。

 

電話も昔はダイヤルがついていた。0から9までの番号が付いたダイヤルを回すことにより、その数字に応じたパルスが発信された(0は0個のパルス発信では判断できない。よって9の次、10番目に配置されていた)。

いまではそもそもパルス数ではないものがほとんどだし、そもそもケータイの場合にせよ、数が減った家電の場合にせよ、登録相手を選ぶところからかけることが増えているため、ダイヤルはおろか、番号と言う概念も消えつつあるかもしれない。

 

ダイヤルとなると必然的に円形。360度という有限の角度をどのように使えるかと言う制限を受ける。ぐるりと回って元に戻ってくるのだから、「敷地」を広げるためには、ダイヤルの直径自体を大きくするか小さくするかというやり方。大きくすることにより、微細な角度変化に意味を持たせることで、多くの識別を行ったり。

 

オーディオでのボリュームなどのつまみもはじめはダイヤル式が多かったのではないだろうか。だが徐々にスライダー系の直線形のものも出てきたり。どちらもそれなりにメリットデメリットが。

ダイヤルの「回転」という概念は、場所が狭くて済む。かろうじて生存している?iPodの古いタイプも、回転することで全体をスクロールさせたりする機能を持つ。これがスライダータイプの直線だったりすると、長い長い巻物状のリストを、精度よく探すのは骨が折れる作業だ。

 

すでにキーボードに相当慣れてしまった日本人だが、昔はキーボードアレルギーなどとも言われ、装置で文字を入力する際にいろいろと工夫されたこともある。部材が高かったという事情もあるかもしれないが、ダイヤル式で文字入力を行うテプラもよく出回っていた。

 

ダイヤル式。そこにはリニアに並んだ選択肢がループ状になっているという探しやすさ、抜け漏れのなさが存在する。複雑そうに見えるけれど、直線がたまたま曲がって、スタートとエンドがくっつくことで円となり、ダイヤル式と同等になる。今のテレビのチャンネルであったとしても、上限まで行くと、自動的に下限の番号につながり、ループ状であることに違いはない。
枝葉に立ち寄って、また引き返して、ということではなく、一直線に進む/戻る。こういう考え方、操作方法がいいのか。それとも、下限/上限で壁にぶち当たるのがいいのか。

壁を自覚的に意識するのか、制限的に意識してもらうのがいいのか。