やりやすくなってしなくなる

いつでも会える仲間とは、日ごろから、そうそう詳しい話などしない。
しかし、その仲間と別れることになると分かったら、たとえば学校を卒業したり、プロジェクトが解散したりすると、とたんに頻繁にまた会おうといい始めることがある。

いつでもできることは、すぐにはしない。でも、いつでもできない状況になると、必死でやろうとする。どうやら人間にはそんな特性がある気がしている。

 

ネットがこれだけ行き渡ったことにより、携帯電話がそれぞれ個人にこれだけ行き渡ったことにより、人々はすぐにコミュニケーションを取れる環境が整いつつある。それも、音声のみならず、場合によっては映像を含めてコミュニケーションを取れる。
であるのに、いまだに様々な現場で重要なキーワードの一つが「コミュニケーション」だ。これだけ簡単に取れるコミュニケーションが重要だと言っている。となれば、その「コミュニケーションが意味する事」を深く認識できているか否か。

 

たぶん、いつでもできるようになって、やりやすくなったことで、そもそもコミュニケーションしなくなってきているのではないか?表面的には各種テクノロジーが発達したことによって、「音声の交換」はしやすくはなっているものの、実はそこにおいて、様々な情報、例えば、しぐさ、視線、ちょっとしたタイムラグ、雰囲気や「空気」と呼ばれるものが削げ落ちている、もしくは重要性を意識できていないのではないだろうか。

 

やりやすい環境がそろう事で、やらなくなり、いざやろうと思っても、しなくなっていたり。
だから、やれるときに「意識してやってみる」事。「やれない時には諦めてしまうという」のも手かもしれない。それは連絡を絶つという事ではなく、「いつもの人々とやりにくい状況にあるときには、それ以外の人を開拓するとき」という捉え方でもよいのではないだろうか。その上で、何が伝わっているのか、何が伝わらないのか、伝えるべきは何かを意識する。

やりやすくなったからしない、もひとつだが、それによって、じゃあその時間をどう使うかも考えてみたい。

何に注目しているのか

スポーツなどで、「日本戦」が注目されるのは良く分かる。ある意味、日本が戦って勝ち抜けるのか、日本全体が一丸になりやすい状況の一つでもある。なので昨今のラグビーもそうだし、サッカーワールドカップ、夏冬のオリンピックなどが典型例だろう。

 

だが、それ以外にも「日本」に注目することがある。その一つがまさに今の季節の「ノーベル賞受賞者」だ。

ここ何年か、日本人が受賞者に上る事が多くなっているように感じる。それをこぞって取り上げるマスコミもある。ずっと受賞者候補に挙がりながら、なかなか受賞できていない日本人もいると聞く。

その上で発表。もちろん、日本人が受賞すると大きく取り上げる。自分事でないはずなのに、なんとなく誇り高く感じる事すらある。そもそもすでに日本人ではないはずなのに、日本とゆかりがある人という形でなんとかマスコミが取り上げたりすることさえある。

逆に言えば、日本に全くゆかりのない人がノーベル〇〇賞を取ったところで、多くのマスコミは取り上げない。まったくではないが殆ど取り上げない。鶏が先か卵が先かの話になるが、市民もあまり注視しない。あぁ、日本人がとらなかったのかといった具合だ。

 

という事は、「ノーベル賞」といった形で「何か権威のあるものを受賞した、それが日本人だ」「日本が褒められている」という事に興味があるのであって、その多くは、「今年のノーベル賞において、何が称えられているのか、という内容ではなく、それを日本人がとったかどうかしか興味がない」という事ではないだろうか。

もちろん、より身近な、同じ人種が栄誉を与えられるというのは誇らしいものだし、我々にもわかるかもしれないという考えも働くかもしれない。だが本来はそれすら超越した形で、「人類としての英知」として称えられる内容がそれではないのだろうか?と考えると、まだまだ我々は視野が狭くはないだろうか?とさえ感じるのだが。日本が、日本人が。同胞を称える事はわるくない、でもそれだけでいいですか?他の興味は有りませんか?

 

 

 

 

 

ストックとフロー

9月、そして今回の10月の台風の襲来で、首都圏は大きな被害を受けた。いまだ復興途中の方もいらっしゃると思うのでお見舞い申し上げたい。

 

とは言え、さすがに9月にあったばかりの後でのこの10月の台風であったこともあり、直撃する前の準備はみなさん怠りなかった人が多くいらっしゃっただろう。であるが故の11日金曜日のスーパー、コンビニの状況だ。早いところでは10日の夜からそうだった店もあったようだ。

何があったのか?それはスーパー、コンビニの棚における商品の殆どが売り切れてしまうといった事象だ。それに伴い、11日の夕方から夜にかけては、それぞれの店舗のレジに長蛇の列が続いた。私もその中に並んだ一人。

 

この状況を見て、個人的にはこう感じた。スーパーも、コンビニも、何かたくさんの商品が「ストック」されているように見えて、多くの求めがあった際にはすぐになくなってしまう。そう、それは「ストック」に見えるけれど実際にストックされている量などさほど大きなものではなく、ほとんどが「フロー」によって成り立っているのだという事を思い知った。

あれほどの棚の量、商品量が、ずっと切れることなく並び続けているという状況があり続けるのは、それは、供給足る日本の殆どにおける流通網、トラック網が、短いところでは数時間に一度、モノを送り届けてくれているからこそ成り立つ「風景」であり、それが止まったとたんにすぐに棚などからになるという事。

 

 

経営において、というか、メーカーにおいて、「在庫」すなわち「ストック」は悪だと呼ばれることがある。であるがゆえに、いかにしてストックの量を減らすか、在庫量を適切に減らせるかという事に血道をあげる場合がある。だが当然ながら、ストックが減れば、供給路が絶たれると突然回らなくなる。企業も、社会も、経済も。

「それ」が流れ続けることで生き続けることができるのは、お金も、食べ物も、商品も、もちろん水も電気もガスも電波も。

流れ続けるからこそ、その恩恵にあずかれる。流れ続けさせることの重要さが身に染みる。

 

中にいる者には全体が

何かが変わりつつあったり、大きな変化が起きているとき、それは、その中にいると何かわけがわからずに大混乱をしているだけだったりもする事が多い。が、俯瞰的に見ている人にはそれが見えていて、そして、結果的に、時間がある程度たった後で、全体を見直すことができたとき、あぁあの時は全体としてそのような流れになっていたんだ…という事がわかることがある。

 

歴史的転換点などがまさにそれであり、その一例としてここ30年での大きな変革の一つは、やはりベルリンの壁崩壊という歴史的事実を上げないわけにはいかないだろう。

 

ただ昨今はというと、インターネットの発展によって、多くの人々が、多くの情報にアクセスできる環境が劇的に発達した。であるからこそ、そうした事態にあったとしても、その変化を俯瞰的に、ネットの向こうの視点からとらえることも可能となってきている。

 

ミクロな、自分の周りで起きている事と、マクロな、国や地域を巻き込んで起きている事と。経済や政治などなどが複雑に絡み合っている中で、それらがお互いに影響し合いながら変化している。どれか一つだけをとらえて「これは良い」とか「悪い」という事ももちろんできる。だけれど、それだけではあまり意味がなく、「全体の中においてのこの問題」として捉え、相対的な位置づけとして解決しない限り、個別撃破しているだけでは、まったくラチがあかなくなってきている。

 

分かるだけの自分周りのみ、ミクロの視点…だけでとらえていると、物事の方向性が、ブンブンと左右に揺さぶられがちだ。逆にマクロにとらえているだけでは、総論としての「当たり障りのない事」ばかりを並べ立てるだけになりがちで、結果的に、個々の利害は全く進展しない事にもなりかねない。

 

個別の利害を調整し、全体を全体の利得が上がるような高い方向へと進めていく。いうのは簡単だがやってみると、それはそれは面倒くさい、多数のステークホルダーの利害の聞き取りと調整が必要になるという事に。
ま、それが政治であり、別に政治以外の仕事の殆どなのだけれど。

与えられることに慣れてしまうと

何かものごとを与えられることになれてしまうと、一部の人は別にして、それは早晩支配される方向へと動き出す。

 

仕事を与えられる。

食料を与えられる。

価値を与えられる。

自由を与えられる。

 

いずれにしても、与えられているうちは、「それが当たり前」と思いがちで。実は奪われてしまえば「すぐに行き詰まる」事になるのはわかっているはずなのに。

 

もちろん、結果的に「ある一部分」に関しては与えられなければならないという立場も当然あり得る。であるからこそ、その部分以外のところでカウンターを持っておかなければ、完全に支配されてしまうわけだ。だからこそ、その部分を自分ごととしてどう生み出すのか。

 

自分で仕事を作り出し、

自分で食料を作り出し、

自分で価値を作り出し、

自分で自由を勝ち取って、

 

こそ、それ以外の何かと対峙することができるという事。もちろん簡単なことではない。何も考えることなくできる事でもない。であるからこそ、「考えて」「行動して」これらを自らの力にする端緒をつかむ必要が出てくるわけだ。チコちゃんに言われるまでもなく、ボーっと生きていては何もつかめない。何も得られない。誰かのいいなりに、誰かのシナリオに沿ってしか生きていけなくなる。最悪、生かされている状況で、生殺与奪を握られる事になる。

「でも自分たちの親の世代は、そんなややこしいことまで考えていたのか?」こうした疑問を持つ人もいる。それは時代としか言いようがないかもしれない。50年前の東京オリンピック当たりの時期ならば、「日本」が、経済成長率5%、6%…といった数字をたたき出していた時代なら、誰かの引いたレールに乗っかっていても、社会の波に乗っているだけでも、多くの人が幸せになれたのかもしれない、そんな、ある意味では恵まれた時代もあった。でも今は違う。

与えられている以上の何かを自分で考えていないと、考えて動いていかないと、その「与えられた軌道」から脱することができない厳しい時代だともいえる。

 

自分でできることは何か、それを成し遂げるためにはどうすればいいのか?すでに「国」という概念は、ネット社会の今、それに縛られている事自体が、自分で制約を作っているに等しいのかもしれない。それすら抜け出して、みずからが何かを生み出すことへ。この考え方は、個人レベルでも、自治体レベルでも、国のレベルでも。